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第41話
景は布巾とビニール袋を持ってきて、俺と同じようにしゃがみ込んだ。
布巾で溢れた液体を手際よく拭いてくれている。
「ごめん、割っちゃって……」
「気にしなくていいよ。修介、危ないから拾わなくていいよ。怪我するよ」
「あ」
言われたそばから、俺の右手の中指の先端を破片が傷付け、糸ほどの真っ直ぐな線から血が滲んでいき、ドクドクと心臓が脈打つみたいに痛みが伝わった。
「もうっ、だから言ったのに……っ」
景は珍しく慌てて、俺の傷ついた方の手を咄嗟に掴んだ。
景の掌が、俺の手をすっぽりと包み込む。
――また、だ。寒気にも似た、けれど確実に種類の違う、体の中から湧き上がるゾクゾク感。
「触んないで!」
そのゾクゾクから逃げるように、俺は思い切り景の手を振り払っていた。
気付いた時にはもう遅かった。
景の方に視線を移すと、景は払われた手を宙に浮かせて目を見開いたまま呆然としていた。
まるで時が止まったかのように動かなかったけれど、その後すぐにその手をゆっくりと降ろした。
しばらく重い沈黙が流れた後、景は申し訳なさそうに呟いた。
「……ごめん」
俺はすぐに目を逸らしてしまった。
違う、違う、こんな言い方。
早く何か言わないと誤解される。
でも何て言えばいい?
「あ……違っ……」
羞恥のあまり、辛うじてそれだけ声が出たけど、また黙り込んだ。
俺はグッと奥歯を噛みしめる。
景は俺の態度に怒るわけでもなく、フッと一息ついて微笑むと、再度布巾で破片を集めて、それをビニール袋の中に詰めながら、優しく言った。
「手、洗っておいで。血が沢山出てる」
言われるまで気付かなかったけど、切った指先は赤く染まっていて、真っ赤な血が指を伝い床に落ちそうな程だった。
血が垂れないように指を折り曲げてそれを見つめながら、景とは目を合わせずにゆっくり立ち上がった。
「……うん」
キッチンを借りて、水道水で血を洗い流した。
心臓より上の位置に手を上げて、しばらくティッシュで押さえていると、完全に止血できたようだった。
景はその間に片付けを綺麗に済ませていて、カチャカチャと音が鳴るビニール袋をキッチンの隅に置いた。そして何処から持ってきたのか、その手には絆創膏があった。
「血止まった?これ、ここに置いておくから」
景はキッチンテーブルの上に絆創膏を置いた。
それを見ていたたまれなくなる。
きっと気を遣ったんだ。
俺に触れないように、手渡しじゃなくて。
「景、ごめん。違うんよ……俺……っ」
ようやくちゃんと言葉が出たけれど、言いながらヤバイと思った。
声が震えている。
耳まで熱くなっているのは酒のせいだけじゃない。
俺は取り敢えずパッと絆創膏を手に取って、指先に巻きつけた。
どうしよう。逃げ出したい。
頭がパニックになっていると、景の声が上から降ってきた。
「僕の方こそごめん。修介に馴れ馴れしくしてたよね。これからは気をつけるよ」
景の優しく諭すような言い方に泣きそうになる。
それって、俺にもう触らないようにするって事?
それは絶対に嫌だから、俺は首を横にブンブン振った。
「ええんよ!馴れ馴れしくしても……」
顔が赤くなっているのが容易に分かったから、景にそれを見られないように額に手を置いて、伏し目がちに俯いた。
景は何も言わなかった。その代わり、俺の方に手を伸ばしてきた。
俺の頭を撫でるんだ、と感じ取ったから、心構えをして、グッと唇を噛んだ。
景の手が俺の髪に触れようとしたその瞬間。
玄関の鍵がカチッと回って、扉が開く音が聞こえた。
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