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第42話
景は咄嗟に手を引っ込めて玄関の方に視線を送った。
更にガタガタと音がしたから、俺は慌てた。
「へ、なにっ?泥棒?」
リビングの閉まっているドアと景を交互に見ると、景は下を向いて溜息を吐いた後、顔を上げて眉根を寄せた。
「ごめん。南かも」
「えっ?」
そんなやり取りをしている内に、スリッパの音がどんどんこちらに近づいて来て、ゆっくりとドアが開いた。
「あっ、いつも言ってるお友達?こんばんはー」
景の言う通り、南さんが顔を出した。
南さんは俺たちの方にその美しい顔を向けて、白くて綺麗な歯を出してにっこり微笑んだ。
俺は美しく佇む人を凝視してしまう。
肌触りのよさそうな圧縮ウールのグレーのコートから生えるタイツを履いた黒い足は、まるでフラミンゴのように細くて折れそうだ。
南さんが長い睫毛をパチパチとさせてファーのマフラーを取ると、艶のあるショートカットの黒い髪がフワリと風を纏った。
「はじめまして。南です。景がいつもお世話になってまーす」
俺は初めて見るこの美しい人に思考が停止していたけど、なんとか声を絞り出した。
「あ、はじめまして!北村、です……」
小さくそう言って頭を下げると、彼女はまたふふ、と笑って見せた。
凄い。また新たな芸能人と目を合わせて会話してしまった。
少しだけ感動に身震いしていると、横にいる景は少し硬い声を出した。
「南、勝手に入って来ないでよ。友達が来るから会えないって、ちゃんと言ってあったでしょう」
景は一気に不機嫌になった。
その気を知ってか知らずか、南さんは呑気に笑いながらコートを脱ぎ出した。
「だってなんだか気になっちゃって。もしかしたら女の子もいるんじゃないかって」
はぁ、とまた景は溜息を吐いた。
さっき景が、彼女といると溜息ばかりだと言っていたけど、そんなに迷惑そうにしてるって事は本当にもう気持ちが冷めているんだろう。
俺はどうしていいのか分からずに動けないまま、とりあえず二人のやり取りを聞いているしか無かった。
「悪いけど、出てってくれないかな?修介だって困ってるし」
「嘘嘘。冗談だよ。忘れ物取りに来ただけだから。昨日、ピアス取ったまま忘れてったでしょ。何処にある?寝室?」
――寝室、と聞いて、俺は嫌でもその意味を理解した。
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