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第46話 side景

「どうしたの景。怖い顔して。なんか変だよ?」 南は僕の太腿の上に置いた手を少しずつ体の内側へと滑らせていく。 僕は咄嗟に逃げるように足を動かして、南の手を引き剥がした。 「ごめん。そういうの、もう辞めてくれる?」 少し強めの声で言うと、南は心外といった表情で僕の顔をじっと見つめた。 そのまま視線を逸らさないでいると、みるみるうちに彼女の目に涙が溜まっていった。 「なんで?昨日だって折角泊まりに来たのに、何もしてくれなかったし!」 「昨日も南がさっきみたいに勝手に押しかけてきただけしょう? 前も言ったと思うけど、曖昧な気持ちでそういう事をするのは嫌なんだよ」 「……何?本当に私と別れるつもりな訳?」 「本当だよ。南の事は、仕事に対する姿勢とか、見えないところで沢山努力してるところとか、本当に尊敬してる。嫌いになった訳じゃ無いけど、少し疲れたんだ。僕達、友達に戻った方がいいんだよ」 「嫌よ」 南はソファーの上に片膝をついて、僕の首の後ろに手を回した。 その華奢な脚を僕の体に跨がせると、胸元に顔を埋めながら強い力で抱き締めた。 僕はもう引き剥がそうとはせず、成されるがままだった。 「南。ごめん。勝手な事言ってるのはよく分かってる」 「景と離れたくない」 涙を流す南に抱きつかれたまま、手はダランと下げて無意識に部屋を見渡した。 掃除が行き届いたこの部屋に不釣り合いなシワの入ったビニール袋がキッチンの隅に置いてあるのを見つけて、あぁ、割れたグラスを入れたんだった、と不鮮明な頭で考えた。 [触んないで!] 嫌われてるのかな、僕。 「お願いだからっ、考え直してよ」 修介の声が頭の中で響いたすぐ後に、南の声で現実に戻された。 ——僕は最低だ。 目の前で涙を流す恋人の心配より、ここにはいない僕の手を払い除けた一人の友人との今後の事を心配しているんだから。

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