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第51話

(やばい。金揺すられるかも) 「あ、大丈夫です」 ちょっと高めの明るい声で発してから、はっきり見えてるか分からないけど、営業スマイルをしてペコっと頭を下げた。 酔っ払いの相手は、赤ちゃんの相手だと思って笑顔で返せ。 そうやって店長に教わった。 頭を上げても男の反応が何も無いから、悪寒が走った。 そいつが何かを言う前に俺はクルッと体を戻してその場を後にしようとするけれど、次の瞬間、俺の左手首が男に掴まれた。 (えっ?!) 突然の事で声が出ず、条件反射で即座に振り返る。 掴まれたままグッと引っ張られるけど、俺は腕を折り曲げて全力で抵抗した。 でも男も負けじと俺の手首を離さない。 「あ、何?お前男?」 男は俺の顔を覗き込むと、今度は右手首も掴んでくる。 うっすら笑みを浮かべながら呑気にそう聞いてきた男に嫌悪感を覚えて、ゾッとした。 何こいつ。 力が強い。逃げられない。 「……ま、いっか」 小さくそう言った男は自らの顔を俺の方に近づけてくる。 その行動を見てこいつが何をする気なのか一瞬で理解したから、顔を背けた俺は力を込めて男の脛のあたりに一発蹴りを入れた。 「いてっ」 男は、蹴られた反動で手を離して体のバランスを崩した。 人を思い切り蹴るなんて初めてやったから、自分も体が思い切りよろけて足がジンジンとして痛かった。 でもそんな事に気を取られている場合では無い。 もたつきながら、元来た道を戻ろうと走り出すけど、あっという間に俺のリュックを掴まれて、今度は近くにあった樹木に体を押し付けられてしまった。 投げ飛ばされるように勢いよく押されたから、リュックを背負う背中に鈍い痛みが走る。 「やめ」 俺が抵抗する前に、男の唇が俺の唇を塞ごうとする。 首を思い切り捻って目をギュッと瞑った。なんとか口にされるのは回避できたけど、頬のあたりが生暖かく濡れた。 唇と舌の感触だ、と理解したら途端に気持ち悪くなった。 俺はもう一度、力を振り絞って膝蹴りを入れた。 今度は脛ではなく、男の急所に。 彼はうう、と悶絶しながら地面へ倒れこんだから、それを確認するとすぐに俺は逃げた。 走って、走って、気付いたら家の方とは反対方向に逃げて来ていた。 どのくらい走ったのか分からないけど、後ろを振り向くと誰もいない。 あたりは耳鳴りがしそうなくらい静かだった。 男は追いかけて来ていない。 ここまで来れば多分大丈夫。 そうやって自分に言い聞かせて、前のめりになって膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。 とりあえずバクバクと鳴り止まない心臓を落ち着かせるためにも座ろうと思い、目に入った小さな小児科病院の駐車場のパーキングブロックの上に腰掛けた。

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