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第54話
景は驚愕の声を出してから、『あ、ちょっと待って』と言って一回ゴソゴソと音をさせて、しばらくしたらまた電話に出てくれた。
『どういう事?詳しく聞かせてくれる?』
景は真剣な様子で尋ねてくるけど、俺はヘラヘラ笑いながら一部始終を話した。
だって真面目に話すと、さっきの公園での映像が鮮明に蘇ってきて、怖くなりそうだったから。
「俺の事、女やと思ったんやで?ほんま腹立つでー。マラソンと筋トレしてムキムキにせんと」
『それで、怪我は?足以外、どこか痛いところはある?』
「ん、大丈夫。押された時、背中も痛かったけど、今は足がちょっとジンジンするだけ」
『なら良かった。手当てする薬とか買ってないからさ』
「?どういうこと……」
その時、病院の前に一台のタクシーが来て、俺の座る場所の数メートル先で止まった。
ライトが先の方まで明るく照らしていて、それをボーッと見ていたけど、後部座席から降りて来た人は、景だった。
(え?)
景が運転手にお礼を言うと、扉がパタンと閉まってタクシーは走り去っていった。
景は、ダテなのかわからないけど黒縁のメガネをしていて、重量がありそうなダッフルコートを身に纏い、下はストレートの細いデニムにコンバースのスニーカーという装いでいつも以上にカジュアルな服装だった。
わけが分からず呆然としていると、景はこちらにどんどん近づいてきて、俺の目の前で膝を折り、向かい合うように屈みこんだ。
『「大丈夫?」』
実際の声に遅れて俺のスマホからそれを追いかけるように景の声が響いてくる。
未だ状況が理解できずにいると、景はニコッと笑って電話を切ったから、俺もそれに倣って通話終了ボタンを押した。
「な……っ、どうやって来たん?東京から……どこでもドア?」
「何ボケてんの。こっちに帰って来てたんだよ。駅の近くでタバコとか買いに行った帰りだったから。そのままタクシーに乗ったんだ」
ええーっ、そんな事ってある?
感激のあまり顔が火照ってしまう。
景は持っていたビニール袋の中に手を入れてガサガサと音を鳴らすと、まだ開けていない温かいお茶の入ったペットボトルをこちらに差し出して来た。
「はい」
「えっ、ええよ。これ景のやろ?」
「いいから」
半ば強引に渡されたから、ありがと、と言って受け取った。
持った途端、冷えた手の平がジワジワと暖かくなる。
キャップを開けて一口飲むと、カラカラに乾いていた喉が潤って安心した。
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