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第55話
「わざわざ、来てくれたん……?」
キャップを閉めながら、俺は景の方を見れずにフードで顔を隠した。
だって、嬉しすぎる。連絡しないでなんて自分勝手に言ったのにそれを責める事もなく、俺の元に来てくれたんだから。
「それは来るでしょ。修介の事が心配だし」
「……ありがと」
「無理して笑わなくていいよ」
俺はゆっくり顔を上げて景と視線を合わせた。
一点の曇りも無さそうな真剣な表情をした彼が掛けているメガネは、やっぱり度が入っている。てことは普段はコンタクトなのかな、ってぼんやり思っていた。
「修介、さっき電話で笑って話してたけど、手首掴まれて無理矢理だなんて、誰でも怖いでしょ。電話中たまに、声が震えてたし」
隠せてなかった。
指摘されてしまって恥ずかしくなる。でもそれと同時に、安堵の気持ちもあった。
やっぱり景は、ちゃんと一対一で向き合ってくれる。
自分が何千何万の人に見られていたとしても。
「怖い思いしたから、誰かに聞いて欲しくて電話して来たんでしょ?僕ちゃんと聞くから、自分の気持ちに蓋をしないで、ちゃんと話した方がいいよ。そうしたら、僕とその気持ちを半分に出来るかもしれないよ」
なにそれ。
なにそれ。
景はなんでそんなに優しくて、俺が欲しい言葉を的を得て直球で言ってくるの?
鼻の頭がツンと痛くなって、ジワジワ涙が滲んでくるのが予想できたから口を真一文字に結んで必死で耐えた。
沈黙が流れる中、思い切り下を向いて、景に顔を見られないようにした。
コートのファーが頬に触れてくすぐったかったけど、その体勢からなかなか直る事が出来ない。
俺は辛うじて、一言だけ呟いた。
「めっちゃ怖かった……」
そう言うと、景の右手がこっちに伸びてきたのが視界の隅でなんとなく分かった。
「コートの上からだったらいい?」
景は俺の左肩に手を置いて、そのままポンポンと叩いてくれた。
俺は被っていたフードをガバッと勢いよく取って、景の方に顔を向けた。
「景ごめん!ええんよ、触っても!」
景は目を見開いて驚いていたけど、片えくぼを作って頷いた後、俺の頭に直接触れた。
やっぱりちょっとだけ、ゾクッとした。
でも、景に触れられてももう大丈夫だ。久し振りだ、この感じ。
ゆっくり頭を行き来する景の手の暖かさは、俺の心の中を支配していた恐怖をジワジワと溶かしていく。
景はしばらくそうしてくれながら何も言わなかったけど、《大丈夫だよ》って伝えてくれてるみたいだった。
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