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第56話

「良かった。触れられて」 もうすっかり気分が落ち着いてきた頃、景が口を開いた。 俺もちゃんと、言わないと。 「ごめん。あん時、触んななんて言うて」 「ううん、僕もごめん。修介がいるのに彼女に入って来させたりしちゃって。南とは結局あの後、ちゃんと別れたんだ」 「あ、知ってる……南さんが景に遊ばれるだけ遊ばれてポイされたっておもしろ可笑しく書いてあったけど、あんなん、嘘やろ?」 景は俺の頭から手を引っ込めると、安堵の表情を浮かべた。 「嘘だって、思ってくれる?」 質問の意味がよく分からなかった。 だって、そんなの嘘に決まってる。 こんなに慈愛に満ちた人なのに、人の気持ちを弄ぶ事が出来るはずが無い。 俺は首を縦に振った。 「……南の最期の仕返しみたいなもんかな。自分でマスコミにネタを売ったみたいだよ。まあ、よく聞いてないから知らないけどね」 「えっ、そんな事……景はちゃんと本当の事言うたんか?」 「言ったところで収まりつかないし、もう慣れてるから。芸能界入りたての頃は、根も葉もない噂に悩んだりしてたけど、そんな事でウジウジしてる自分がバカらしくなって。僕が信頼してる人が真実を知ってくれていれば、それでいいんだ。家族とか友達とか恋人とか。だから、修介がそうやって思ってくれてるっていうだけで、十分だよ」 眼鏡越しに見える景の目は細まって、優しい目をしていた。 それを見て俺は決意した。 やっぱり、これからもこの人の隣にいたい。 この人は俺と同じ気持ちになることなんて永遠に無いし、景に恋人ができれば醜い嫉妬で傷付く事もあるかもしれない。 それでもいい。 俺を大事な友人だって思ってくれてる限り、俺も景の事大事にしていきたい。 「景、ありがと、ここまで来てくれて。俺めっちゃ怖かったけど景と話して落ち着いた。ほんまにありがとう」 「うん。良かった」 二人で笑った。 気付いたら手に持つお茶はすっかり冷めていて、ここにずっといたら凍ってしまいそうだから、そろそろ家の方へ向かう事にした。 景は途中まで付いてきてくれて、少し遠回りだけど公園の近くは避けて歩いて大通りに出てくれた。

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