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第64話
「子供の頃、母方の祖父母も一緒に暮らしてて、僕は優しく気にかけてくれるおじいちゃんが大好きだったんだ。でも小学校高学年ぐらいになるとなんだかそれが恥ずかしくて。訳もなく嫌って、反抗して、おじいちゃんの事傷付けたんだ。そういう事、無かった?」
「そやなぁ。中二の頃、めっちゃ反抗期やったから父と毎日喧嘩やった」
「反抗期って誰にでもあるよね。それで、嫌いじゃないんだけどなんとなく話さなくなっちゃったある日、おじいちゃんが急に亡くなったんだ。亡くなる前日まで普通に過ごしていたのに、大動脈解離で、一瞬で」
「え、そうなんや……」
「ショックだったよ。まさか死んじゃうだなんて夢にも思ってなかったから。本当は好きだったのに、僕の変な意地のせいでおじいちゃんを傷つけて。突然いなくなっちゃったから本人に謝る事も出来ない。遺影を見て子供ながらに後悔してね。だから、伝えたいなって思ったらちゃんと言おうって思ってる。あの時みたいに後悔したくないから」
景の寂しそうな顔を見て、俺は胸が軋んで痛くなったけど、景は一瞬間を空けて、すぐににっこりと笑った。
「修介にもたくさん話したいんだ。今思ってる事。これからの事。だから、修介も僕に対してそうだったら嬉しいな。気兼ねなく僕に何でも話してくれたら」
そのひまわりのように暖かい笑顔を見て、一瞬気が緩んだ。
景は南さんと別れてから新たな女優さんとの熱愛疑惑が世間に出てたけど、景はそんなのは事実じゃないとキッパリ言っていたから、今は誰とも付き合っていない。
言ってしまおうか。今、ここで。
この人に、本当の事。
頭で深く考えるより前に、唇が勝手に動いていた。
「景、あのさ……」
「何?」
景は相変わらず顔を傾けて、俺と視線を合わせてくれる。
俺はぎゅっとお腹に力を込めて声を発した。
「俺、実は」
“女じゃなくて男が好きで、その相手は景なんだ”
頭の中で響いた俺の声は、すぐにアルコールの香りで白く霞んで聴こえなくなった。
俺は景から目を背けて透明なワインに視線を落とした。
「……さっきの野菜のマリネにも入ってたサーモン、実は苦手やねん……」
「え!そうだったの? なんだ、先に言ってよちゃんと」
「だって折角作ってくれたんやし、美味しそうやったから大丈夫かなと思って頑張って食べたんやけど、やっぱりちょっとあかんかった」
「もう、だからそんな気を遣わなくてもいいのに」
俺は困ったような顔して笑った。
まだ言えそうにない。
信頼してるからこそ、言えない事もあるんだと思う。
どう思われるか不安で、嫌われたくなくて。
大切だから、嘘を吐く。
みんながみんな本音を言えてたら、世の中の片思い中の人達は誰も悩んでいないんじゃないかな。
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