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第65話
俺は隣に座る景の横顔をチラリと盗み見る。
チーズを上品に口に運ぶ景に見惚れつつ、なんだか景の横顔がここに初めて来た時と微妙に違う気がした。
あ、距離があるんだ、と気付いたのは、俺と景の間に一人分くらいの隙間が出来ていたからだ。
前に来た時はたしかこの隙間は無かったはずで、もっと近くに座っていた。
それに。
今日はまだ一度も景に触れられてない。
頭に手を置かれて、形を確かめるように下へ髪を梳いて、毛先を摘んで離す一連の動作。
この前触ってもいいってちゃんと言ったし、今日もきっとあるんだろうと思って心構えしていたけど。
景は多分、まだ気を遣ってくれているのかもしれない。
これくらいだったら、俺も本音が言えそうだから、言ってもいいよね?
自分で自分に言い聞かせて、俺は持っていたグラスをテーブルの上にコトリと置いた。
「景、あともう一つあるんやけどさ……」
「うん」
俺は景の視線を感じつつ、下を向いて膝に手を置きながら遠慮がちに告げた。
「もし、俺に触りたいとか思ったら、好きな時に触れてええからな……?」
言った後に何も反応がないから、あれ?と思い恐る恐る目だけを動かすと、景はキョトンとした表情のまま固まっていたから、途端に自分の発言を後悔した。
(は、恥ずかしい!今さら気付いたけど、言い方がなんだかおかしい!)
出してくれた白ワインは今日の料理にピッタリで、つい飲み過ぎてしまった。
酔いもあるとはいえ、何ぬかしてるんだ自分と思いながら、カーッと身体中が熱くなりつつ、誤魔化すように慌てて言い直した。
「実家にいるモコに似てるんやろ!だからっ、モコが恋しくなったら触ってもいいし、もしまだ気を遣ってるんやったらそんなんええからなって意味やで?!俺、景の事信頼してるし!」
俺は苦笑いをして冷や汗をかきながら、手をブンブンと横に振った。
(ヤバイ!絶対顔に出とる!)
そんな時、景の手がこちらに伸びて来た。
「……それ、凄く嬉しいよ」
景はそのまま俺の頭の上に手を置いた。
目が細まっていて、その言葉の通りなんだか凄く嬉しそうだ。
「僕、修介にどう思われてるのかって、正直気になってたよ。もしかしたらこうやって僕と遊んだりするのも嫌なんじゃないかって思った事もあったし。でも、そうやって信頼してるって言ってくれて嬉しい」
景は頭の形に沿って手の平を行き来させた。
その手や指は俺の想像していたよりも随分と優しくあったかくて。
やっぱり幼い頃を思い出して安心した。
「じゃあ遠慮なく。ありがと。触り心地いいから、会ったら触らないと気が済まないかも」
「……え、ええよ、別に……」
(あぁ。そんな穏やかな顔せんといて。かっこよすぎて鼻血出るわ)
触れられた瞬間、今回は身体に電流は流れなかった。もう心配する事は無さそうだ。
しばらく景にそうされていると、まるで本当に犬になってしまったような錯覚に陥ったけれど、彼が喜ぶんだったらそれもまたいい人生かもな、と思った。
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