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第66話

「ホンマ、今日はありがとう。ご馳走さまでしたー」 「うん。またいつでもおいで」 コートを羽織ってマフラーをしながら、玄関へ続く長い廊下を景の後ろについて歩く。 玄関で屈んで靴を履きながら、なんだかフワフワと浮いている感覚でいい気分だった。 やはり今日は飲みすぎた。 立ち上がり振り向くと、景はまるで陽だまりのように暖かく微笑んでいた。 前にこの場所から見た景の顔は、俺のせいであんなに悲しそうにしていたのに。 思わずその綺麗な顔に見惚れていると、景が「ン?」と首を傾げたからじわじわと胸の奥から気持ちが込み上がってきて、気付いたらそれを形にしていた。 「俺、景と出会えて良かった」 景がまた先ほどのように目を丸くして驚いた表情のままだったから、それを見てようやく大変な事を言ったことに気付いて、またしてもやってしまったと思った。 (だからっ!俺はさっきから何を言うとるんや……) 一瞬か、それとも少しの沈黙があったのか不鮮明な頭では分からなかったけど、景は俺の頭をポンポンと何回か叩きながら、あははと声に出して笑った。 「なんだか調子狂っちゃうな。いつもの修介じゃないみたい。本当に嬉しいよ。僕も君に会えて本当に良かった」 気恥ずかしくなって、俺は最高に酔ってるふりをしようと、へへーっと口を開いてわざと顔を傾けた。 なんだか気持ちの和らぐ雰囲気になったところで、これ以上バカな事を口に出してしまう前に早く帰ろうと決心する。 「今度は俺んち来てもええで?あ、景の家と比べるとめちゃめちゃ狭いからビックリせんといてな」 「本当?ぜひ伺うよ。今撮影が追い込みだから、もしかしたら修介が地元に帰った後になるかもしれないけど……」 「うん、ええよ。頑張ってな。じゃあまたね」 「気をつけて帰りなよ。特に酔っ払いに」 景はあの日以降、俺の身の安全をすごく心配してくれるようになった。 電話でも度々、バイトで変な奴に絡まれたりしてないかとか訊いてきてくれる。 「ダイジョーブ!じゃあね」 帰りたいけどまだここに居たいという相反する気持ちを押し込めながら、ドアを完全に閉める直前に手を振ってガチャリと扉を閉めた。 エレベーターの方へ歩きながら、お腹がいっぱいで満たされたなぁと思いながら、次に会えるのは春なのか、と気付くとちょっと寂しくもなった。 でも俺には景の動画があるし、彼からの電話もある。 きっと時間なんてあっという間に過ぎるに違いない。 温かい気持ちのまま、エレベーターに乗り込んだ。 景と近々会う事になるなんて思いもよらずに。

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