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第67話side景
「景、お昼どうしようか?三時からスタジオ入りすればいいから、ここらへんでお店入って軽く食べる?」
マネージャーの運転する車に揺られて、外の景色を見ていた。
銀座という街は、なんだか見ているだけでワクワクする。すれ違う人。風情のある建物。
車では何度も通っているのに、実際に降りて歩いた事なんて数えるほどだけど。
僕は視線を運転席に移した。
「うん。何処でもいいよ。宮ちゃんは何食べたい?」
「えー、うん、寿司かなー」
「……言うと思った」
宮ちゃんこと宮崎さんとは、僕がデビューするまでもしてからも、ずっと二人三脚でここまで歩んで来た。
我儘な僕の事を見捨てずに面倒を見てくれる宮ちゃんには五歳と二歳の息子がいて、聞いてもいないのに僕に子供の写真をどんどん見せてくれる、子煩悩なイクメンの優しい父親だ。
物腰が柔らかく、その風貌からも優しさと穏やかさが滲み出ている。
最近お腹が出てきているから、一緒にトレーニングしようと誘っているけど、宮ちゃんはうまく言って逃げ続け、一向にそれが実現する気配は無い。
体型維持の為なるべく炭水化物は控えるのが常だけど、大のお寿司好きの宮ちゃんのたまの我儘には付き合ってあげよう。
「景は寿司のネタで何が一番好きー?」
そう問われて、僕は昨日の夜の事を思い出した。
彼が実は嫌いなんだと言っていた、あの魚。
なんだか口に出したくなった。
「……サーモン」
宮ちゃんはハンドルを握って前を向きながら少し慌てていた。
「えっ、サーモン?意外。これから行くところには無いけど大丈夫?」
「嘘。コハダ」
宮ちゃんは、なんだよーと言いながら笑ったから、僕もフッと笑って外の景色に視線を移した。
なんだか気分が良いのは、彼が僕と出会えて良かったと言ってくれたからだろうか。
今度修介も一緒に、これから行く寿司屋に連れて行ってあげようか。
きっと、そんなところ俺なんかが行けるわけがないやろ、と焦って手を横に振りながら断るんだろうけど。
修介といると飽きない。いつも反応が面白いから、なんだか虐めたくなってしまう。
昨日はやけに素直だった。
顔も随分と赤かったし、ちょっと酔っ払っていたのかも。
昨日出したワインは前回のより少しキツかったから。
もし本音が聞きたい時は、酔わせてみるのもいいかもしれない。
「なんかいい事あった?」
考え事をしていたら、バックミラー越しに笑った宮ちゃんに覗かれていた事に気付いて、少しだけ恥ずかしくなった。
きっとなんとはなしに気分が浮き立っていたのがバレていたに違いない。
「……別に?」
「そーお?さっきから随分と機嫌がいいみたいだけど。プライベートでなんかあったんじゃないの〜?ちゃんと僕に言ってよ?」
「うるさいな、前見て運転してよ」
「はいはい」
何年も一緒にいるから、宮ちゃんは僕のちょっとした表情の変化でさえ読み取れて、鋭い。
バックミラーで顔を確認されないように体を少し窓際に寄せて、微笑みながら頬杖をついた。
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