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第97話
「――んんっ?!」
唇が重なった途端、その柔らかさに驚いたのと同時に目を見開いた。
俺は今、景にキスをされている。
もう一人の自分がすぐに冷静に理解して、言われた通りに早く逃げなくては、と脳が指令を出した。
首を捻ってそれから逃れようとするけれど、景は俺の抵抗は物ともせず、俺の唇を咥えていたかと思うと、あろうことか舌で俺の唇を割って中に滑り込ませてきた。
景の生暖かい舌で歯列をなぞられ、頭がジンと痺れた。
「ン!」
喉を鳴らせると、一気に全身に鳥肌が立った。
それは嫌悪では無く、甘美の意味で。
景のタバコの味と香りでクラクラと目眩がする。
俺は溺れないように必死に息継ぎをしながら、眉間にシワを寄せて目をギュッと瞑った。
景はまるで磁石のように俺の唇を追いかけて来る。
「……けいっ!やめ……ッ!」
一瞬の隙をついて自由になった唇で発したけれど、景は再度表情を変えずに激しく口付けをしてきた。
ゾクゾクした。
気持ちいい。
頭ではこんな事やめなくてはと思う反面、身体は走り続ける快感とさらなる刺激を求めてしまう。
膝に力が入らなくなって、身体の中心が疼いて熱を持ち始めているのに気付いた時、頭の隅の方で辛うじて理性を保っているもう一人の自分が再度声をかけた。
これ以上はまずい、早く逃げろ、と。
目を開けた俺は、あの時の酔っ払いの男にしたように、左を軸にして遠心力をフルに利用して体を捻り、右脚で景の脚に蹴りを入れた。
パスンという間抜けな音が出た後に、ようやく景の唇が離れた。
その後に景の手の力も緩んで、俺の体はようやく解放された。
結構力強くやってしまったと思ったけれど、景は苦痛の表情は全く見せずに、また俺を冷ややかに見下した。
景の唇が怪しく艶めいていたから、今の出来事が夢では無かったのだと再確認させられて、顔や首がカーッと熱くなった。
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