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第122話 side景
虚しく響くコール音を聞きながら、耳からスマホを少しずつ遠ざけて電話を切った。
修介への電話はあの日以来、これで四度目だった。
迷惑だと思いながらも出てくれないだろうかと少しだけ期待してしまったけど、彼はやはり出てくれなかった。
この電話に出なければ、もう二度と電話を掛けないと心に決めていた。
本当に、僕と絶交したんだろう。
それはそうか。あんな事をしておいて、ノコノコと連絡が取りたいだなんて図々しいにも程がある。
僕となんて会わなければ良かったというのは修介の紛れも無い本音なのだ。
あの日からずっと、その言葉が頭の隅から離れない。
誰かと食事をしていても、マンションに一人でいる時でも、彼の涙声でそれが再生されてしまう。その度に胸がズキズキと痛くなる。
もう、彼に執着するのはやめよう。
会えなくなるのは寂しいけれど、忙しくしていれば半年後にはきっと修介の存在なんて忘れているに違いない。
……きっと、そうだ。
「藤澤さん、そろそろ次のシーンの準備しておいて下さいだそうです!もうすぐ佐伯さんも入るそうですよー」
「あ、はい」
女性スタッフの一人に声を掛けられて、気を引き締めた。
今日は世田谷にあるビルの中に作られたリアルなデザイナーズオフィスでの撮影で、一通り僕個人のシーンや共演者とのシーンは撮り終えたから、これから佐伯さんとのワンシーンを撮る。
歩いて移動して椅子に座ると、照明器具を持つ仲のいい男性スタッフに通り様に声を掛けられた。
「藤澤さんの壁ドン、期待してるからね〜!」
「……頑張ります」
僕の役柄は、佐伯さん演じる美咲の不倫相手の後輩だ。
美咲に密かに想いを寄せている。
今日撮るのは、その想いをついに美咲にぶつけてしまうシーンだ。
壁ドンは当初の予定に無かったけれど、今流行っているしその方が映えるからやってみたら?と監督が酒の席で言ったのが実現してしまった。
椅子に座ってしばらく出演スタッフと話をしていると、佐伯さんの付き人が重い防音扉を開けて、佐伯さんと中に入ってくるのが見えた。
引きずってしまいそうな程のロングのベンチコートを脱いだ佐伯さんは、用意してあったパイプ椅子に座って、メイクさんの最終チェックを受けていた。
「藤澤君、俺をムラムラさせちゃうくらいの甘々のやつお願いね?」
演出兼監督の川田さんが僕にウインクをしてくる。
川田さんと一緒に仕事をするのはこれが二度目だから、随分と打ち解けた。
この間はマネージャーの宮ちゃんと三人でご飯にも行った。
「はい。やってみます」
川田さんのいう甘々のやつというのは、キスの事だ。
壁ドンの後に佐伯さんにキスをする事になっている。王道でありきたりだけれど、川田さんの演出は全体を通して無駄なところが無い。
椅子から立ち上がり、ヘアメイクさんに整えてもらっていると、OL風の綺麗めなカーディガンとワンピースを着た佐伯さんがこちらに近づいて来た。
「私、この歳で壁ドンなんてされるの初めて〜」
「僕もするの初めてなので、頑張ります」
「昨日、にんにく料理食べちゃったんだけど、キスしてくれる?」
「ええ、もちろんですよ」
「やだっ、冗談だよ藤澤くん!フリスクも食べたから安心して!」
バシッと叩かれた腕をさすりながら、僕らはセットの中へ移動した。
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