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第131話 side景
「佐伯さんは、人を好きだって思う瞬間ってどんな時ですか?」
こんな事を言って、また揶揄われる。
そう思ったけど、今の僕は大真面目だった。
佐伯さんはこの空気を感じ取ったのか、カップに口を付けながら驚いた表情をさせた後、ゆっくりとカップを下ろした。
僕らは先程の撮影の続きをしているかのように、ジッと見つめ合った。
「猫を見たり、綺麗な花や月を見たりして、一緒に見たいなぁとか、これを見たらあの人は喜ぶかなぁ、って考えてたら、もう好きだなぁって思う」
「……」
「あと、その人のことを考えてる事が多くなった時。次会うときはこういう話をしたい、自分の好きな場所に連れて行っていろいろ楽しませてあげたいって思ったら、あぁ、好きだなぁって思う」
「あの、もしそれが相手を苦しめるかもしれないような恋愛だったとしても、佐伯さんはその人を諦めませんか?」
佐伯さんはまた驚いたように目を見開いて固まったけど、真剣に話す僕を見て、茶化したりはしなかった。
「恋愛って楽しくてキラキラしてハッピー!なだけじゃないし、きっとお互いのドロドロした部分とか譲れない部分とか、見たくないところも見なくちゃいけないんだと思う。でもそのハードルをその人とだったら乗り越えていけるって信じられるんだったら、私だったら諦めないかな!」
「……その人の嫌がる事をして、凄く泣かせてしまって、自分とはもう会わないつもりでいるような人でも、ですか?」
「泣くって事は、藤澤くんの事を大事だって思ってる証拠じゃないの?どうでもいい人の前でなんか涙は流さないよ。あと、藤澤くんがそんな風に悩んでるって事は、藤澤くんももう大分その人の事が好きなんだと思うよ。だから、藤澤くんも諦めるかどうか考える前に、自分の気持ちを伝えてみなよ。人生は一度きりなんだよ!」
鼓舞と叱責とに値するような言い方で、佐伯さんは胸の前でグッと拳作り宙に振って笑った。
そんな彼女を見て僕もホッと一息ついて微笑すると、佐伯さんはコートのポケットから一冊の文庫本を取り出して、僕の方に差し出しながらキラキラと目を輝かせた。
「これ、藤澤くんも読む?恋愛エッセイ集なんだけど、なんかも〜キュンキュンしちゃって、そんな悩みなんてバカらしくなるくらいその人の事どんどん好きになっちゃうと思うよ〜!」
表紙に書かれた文字を読んだ。
[私は絶対!幸せになる!愛されながら仕事も恋も成功する方法100]
「……佐伯さん、いつも熱心に読んでたのって、台本じゃなくてこれだったんですね……」
「あっ、何よ!悪い?だって台本は家で読むものでしょ?」
「この間は一生独身でいるって言ってましたけど」
「……美咲の心情をより理解する為に買ったんだよ!」
佐伯さんと会話をして、僕は肩の荷が下りた気がした。
そうだ。後悔はしない。
子供の頃、自分でそう決めたではないか。
少ししてから、外に待機していた宮ちゃんが声を掛けてくれて、再度スタジオに移動してから、その後の撮影で僕は完璧に演技を成し遂げた。
川田さんも僕の変わりように驚きつつも賞賛してくれて、無事その日の撮影は終了した。
佐伯さんと共演できるのも、あと少し。
撮影が全て終わったら、もう一度あの人に電話をしてみよう。そう決心した。
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