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第130話 side景
「うん、大丈夫」
立ち上がってそちらに体を向けると、ドアが開いた。その先には宮ちゃんがいて、その後ろに佐伯さんが立っていた。佐伯さんは僕と目を合わせると、愛らしい瞳をこちらに向けてにこりと微笑んだ。
「お疲れ。ちょっとだけいいかな?」
「ええ、どうぞ」
佐伯さんは宮ちゃんにお礼を言って頭を下げるとドアを閉めた。
佐伯さんはまたネイビーのコートを羽織り、手にはコーヒーが入ったプラスチックカップが握られていた。
椅子を持って佐伯さんの方へ差し出すと、佐伯さんは首を横に振って謙遜な態度を示した。
「あ、いいのいいの、すぐ終わるから」
「すみません僕のせいで。誤解しないで頂きたいんですが、佐伯さんへのキスを躊躇った訳では無く、僕の実力不足で」
僕が即座に謝ると、佐伯さんは時が止まったようにキョトンとして、しばらくしてからふふっと吹き出した。
「やだ、藤澤くん、私がショック受けてると思ったの?そんな事思ってないから大丈夫だよ!」
「いえ、あの……すみません、折角いい調子で進んでいたのに」
「何か考え込んじゃったの?あの時。心ここにあらずって感じだったよ。もしかして彼女と何かあった?」
佐伯さんはそう言うと、持っていたカップに口を付けた。
僕は、前々から彼女はいないと言っているのに。
でも、何故か今はそんな事を否定するのなんてどうでも良くなって、気付いたら僕は頭の中で思っていた事を口にしていた。
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