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第134話

自宅に着いて、鍵穴に鍵を差し込んで玄関に一歩足を踏み入れると、またニャム太がトコトコと歩いてこちらに寄って来た。 俺をジッと見ながら、また逃げてしまうかと思っとけど、今日は玄関マットの上にちょこんと座ってくれた。 「ただいまー……」 中から物音一つして来ないから、きっと出掛けているんだろうと思いながら靴を脱いで、ニャム太の首を撫でてゴロゴロ言わせてからリビングへ入った。 キッチンテーブルの上には、「買い物に行ってきます」とメモの書き置きが残されていた。 荷物を置いて、冷蔵庫の中を覗く。 昨日飲んだホットジンジャーが美味しかったから自分で作ってみようと思ったけど、いくら探しても蜂蜜は置いていなかったから、諦めてインスタントコーヒーにする事にした。 袋を破って粉を入れ、電気ポットからお湯を注いで席に着く。 さっき、祐也からメッセージが入っていたな、と思いスマホを取り出した。 《重村とやったの?》 ...…凄くストレートだった。 やっとらん、実は付き合うのやめたって送ったらからかわれて、なんだそりゃ!と馬鹿にされた。 ぐうの音も出ない。 みんなの前であんなにおおっ広げてお付き合い宣言をしたのに、まさか半日も持たないなんて。 (俺は一体何をしてるんやっ!穴があったら入りたいで……) 自分の行動がとても恥ずかしくなって、テーブルに肘をついて頭を抱えた。 誰も傷つけたく無かったのに、結局、傷つけてしまった。 景の事も、瞬くんの事も。 それなのに瞬くんは、こんな俺を逆に応援してくれた。 景にちゃんと告白しろと言っていたけど、俺にそんな事が出来るのだろうか。負け戦と分かっているのに。 ふと思い立って、椅子から立ち上がってリビングを抜けて隣の部屋へ入り、本棚の前に立った。 ちょうど目線の高さの位置に『藤澤 景 写真集 空色』と書かれた背表紙をすぐに見つけて、指を引っ掛けて本を手に取り、中をパラパラとめくった。 景の表情は、本当にどれも穏やかだった。 海に入っていたり、浜辺に寝そべっていたり、樹木にもたれ掛かっていたり。 そうしながら彼は笑っていた。 中にはこちらを睨むような、威嚇するような表情をする写真のページもあったけど、俺はそこにいなかったのに、景が写真を撮られているその時の情景や風や海の匂いなどがよく伝わってくるような気がした。

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