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第163話
それは突然やってきた。
俺は今、車の助手席に座っている。
隣の運転席でハンドルを握っているのは、もちろん景で。
彼は真っ直ぐ前を向きながら、動揺する事もせずに静かに言った。
「試してみようよ。これから」
「……え、試すって……何を?」
「何をって、決まってんでしょ。セックスだよ」
「……景さん?!」
まさかこんな事態になるなんて。
何故こんな事になったのか。
遡る事13時間前――
* * *
今日はいつもと少し違うなとは思っていた。
まず、朝、景からの電話で目が覚めた。
昨日もバイトだった上に夜更かししてしまったから、寝ぼけ眼でスマホに手を伸ばし、布団にくるまりながらボタンを押した。
「……もしもし、景?」
『あ、おはよう修介。ごめん、起こしちゃった?』
彼の魅力的で洗練された低い声を聞くと、頭が冴える。
そして、そんな彼の好きな人は俺。
眠いけど、途端に嬉しくなってニンマリとしながら、目をパチパチとさせた。
「……ふぁ〜あ……うん、起こされたけど……もう起きなきゃいけなかったから丁度良かった。どうしたん、こんな時間に?」
『あぁ、ごめんね急に。明日、僕の家に来る事忘れてないよね?』
明日。そう、明日。
忘れるわけないじゃないか。ずっと会えるのを楽しみにしているんだから。
もしかして、景も俺に会えるのが待ち遠しくて電話してきてくれたのかな?
そう思うと、胸の中がこの羽毛布団のようにフワフワと柔らかくて暖かい気持ちになる。
「うん。忘れてへんでー。お昼前くらいに行って大丈夫なんやろ?」
『うん、その事なんだけどさ、今日の夜ってバイト何時まで?』
「今日?今日は夜九時までやけど」
『ほんと?じゃあ、それから家に来ない?泊まっていいから』
「……へっ?」
俺は素早く上半身を起き上がらせた。
泊まっていいから?泊まっていいから?
何回も頭で反覆して、ようやく言われている意味を理解すると、なんだか背中がゾワゾワした。
「えっ、待って、今日の夜仕事ある言うてへんかった?」
『仕事というか、お世話になってる先輩にご飯に誘われてたんだ。だけどあっちに急用が入っちゃったみたいで、また日を改める事になって。だから、夜から暇になったから』
「あっ、そ、そうなんや……」
俺は前髪をわしゃわしゃと意味もなくかき上げて、景の裸を想像してしまった。
そんな事を景から言ってくれるなんて、嬉しい。
翔平の言うように、景もあわよくばって思ってくれているのかも。
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