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第172話

マンションにたどり着いて、玄関に入ったのも束の間、早々に手を引かれて寝室へ連れて行かれた。 景の寝室に、初めて入った。 リビング同様、無駄な物は置いておらず、あるのはベッドとサイドテーブル、入口のすぐそばに白のローチェスト。真ん中にあるキングサイズぐらいあるベッドは綺麗にメイキングされていて、枕もシーツもカーテンも、暗い赤銅色で統一されている。 俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。 たしかにこうなって欲しいとは望んでいたんだけど、いざベッドを目の当たりにするとたじろぐ。 (ヤバイ!恥ずかしい!なんかこの部屋、怪しい香りがするし……) アロマでも焚いたのか、ファブリックミストでもスプレーしたのか、なんだかラベンダーのフローラルな香りが鼻を刺激する。 ドア付近で棒立ちになったまま動けずにいる俺に対し、景はまるでリラックスしていて、エアコンのリモコンを操作したり、していたアクセサリーを外したりしながら余裕のある表情をしていた。 「あのー、景。ホンマにするん……?」 景は指輪を外しながらこちらに視線を向ける。 「ふっ。今更何言ってんの。ローションとゴムをノリノリで買ってきてくれたのは何処の誰よ」 「ノリノリやないわ!だって、景が買って来いって言うから!」 ディスカウントストアーのレジを打つ同世代くらいの男性店員にニヤニヤされたような気がして、恥ずかしい思いをした。 景はビニール袋から買ってきた物を一つずつ取り出して、外側の透明ビニールを長い指先で丁寧に剥がしていく。 「僕は良かったんだよ?これだけじゃなくて、極太バイブとかローターとかエネマグラとか買ってきてもらっても」 「景!そんな綺麗な顔して放送禁止用語連発したらアカンッ!」 なんだかおちょくってるな...とブルッと寒気がしたところで、俺はベッドの角に腰掛けた。 程よい弾力で体を包むスプリングベッドは、まるで高級ホテルに来ているみたいに錯覚してしまう。 準備するから待ってて、と言われたから俺は何も出来ないでいるけど、景は料理している時のように手際が良い。 光沢があるシルクの掛け布団をめくり、先程バスルームから持ってきたバスタオルをシーツの真ん中に引いて、ベッドと壁の間に挟まれたフカフカのベッドヘッドに大きめの枕を二個立てかけた。 バスタオルを見てギョッとする。 きっとこれって、ローションたくさん使うからシーツを汚さないように敷くんだよね…… いや、汚すのはローションだけ……? 俺に買い物を頼んだ時もさらっと言ったから、やっぱり景は男同士でどうやるのかなんてとっくに分かっているんだろう。 景は、蓋がダサいピンク色をしたローションと長方形の箱をサイドテーブルの上に置くと、俺の左隣に座った。 マットが窪んで、そちらに体が傾いてしまう。 近い。 だって、お互いの太腿が触れ合っている。 このまま景の肩に頭を乗せてしまいそうになる。 そう考えただけでなんだか体の奥がゾワゾワして熱くなってしまう俺はおかしいのだろうか。 体を動かして間の距離を取りたいけど、やっぱり全身が固まってしまい、ただ膝の上で拳を作って耐えているしかなかった。

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