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第209話

景の車に乗り込んで、前も一緒に行った映画館へと向かった。 またコインパーキングに車を停めて、景はキャップ帽と伊達眼鏡をしっかり身につけて映画館のあるビルの方へと歩き出した。 こうやって外を歩くと俺の方がソワソワしてしまうけど、景はオーラを消すのが上手なのか、たまにすれ違う人達は気付かずに通り過ぎていく。 帽子がうまく顔を隠してくれていて、下から覗き込まないと景だとは分からない。 背が高くて目立つのが難点だけど。 「芸能人って大変やなぁ」 俺は他人事みたいに呑気に話す。 まぁ、他人事なんだけど。 「こんな所に僕がいるなんて誰も思わないだろうけど、念の為ね。折角修介といるのに、邪魔されたくないでしょ」 景の何気ない言葉に胸が踊る。 景はふとした会話で、さりげなく嬉しい事を言ってくれるからいつもそれに翻弄されてしまう。 映画館は前回同様空いていた。 今回は上映開始時間まで少し間が空いてしまったから、景には目立たないようにロビーの端のソファーで待っていてもらって、俺がチケットを買ってから飲み物を買いに行った。 入場開始のアナウンスが流れて、少し経ってから腰を上げて中に入ろうとフロアに立つ女性店員にチケットを渡すと、その女の子は急に顔の半分を両手で覆った。 そしてみるみるうちに顔が赤くなっていく。 あ、きっと景だって気付いたんだ。 振り返って俺の後ろにいる景を見ると、景は微笑みながらその店員にチケットを差し出していた。 女の子は何も言わず、震える手でチケットをもぎって景に手渡した。 「ありがとう」 景がお礼を言うと、女の子もペコッと一礼して微笑んだ。 ああ、女の子、目がハートになっちゃってんじゃん。そしてちょっとジェラシー。 その子の視線を痛い程に感じたけど何か言われる訳でも無く、無事に中に入る事が出来てホッとする。 景の隣を歩いていたら、突然お尻を軽く叩かれた。 「ちょっ、何っ?」 「嫉妬してくれてるの?」 「は?してへんし」 わざと目を細めると、景は今度は俺の頭をポンと叩いて、不敵な笑みを浮かべた。 「あとでいいものあげるから許して?」 「ん?何?」 「内緒」 なんだかご機嫌な景を横目に、チケットを見ながら席を確認して中に入った。 景に言われた通り、席は後方の端二つにした。 見やすい真ん中の席も十分空いていたのに、と疑問に思ったけれど、その答えは着席してから数分後に分かった。 予告が流れた後、館内がより一層暗くなり本編が始まろうとする直前、左隣に座る景の手がこちらに伸びてきて、俺の手をギュッと握った。 暗闇の中、景の体温を感じた事にビクっとして手を引っ込めようとしたけれど、そんな事は許さないとばかりに強い力で押さえられて、今度は景の顔が目の前に現れた。 (いいものって、これか……) 映画はもう始まっているけど、なかなかこの柔らかい唇から離れようとしない俺の唇。 いけない事をしてるみたいで、それが余計に火をつける。 でも、景の口が俺の舌を包み込んでジュッと吸い上げたのには流石に焦って、慌てて顔を離した。 だって音が……! 『バカッ!』 小声でそう言うと、景はいたずらっ子のように舌を出す。 その後、こっそりキスをされる事は無かったけど、恋愛映画でも無いのに上映中ずっと手を繋いでくれて、ドキドキした。 景にこんなにドキドキさせられるなんて、今日のデートは幸先がいいな、と浸っていられたのはこの時がピークだった。

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