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第210話
映画館を出た後、俺たちは少し小走りで車に戻って来た。
俺はふぅ…と長めの溜息を吐く。
チケット係の女の子は、俺たちが映画を観ている間に景が来ている事を言いふらしてしまっていたようで、扉を開けて外に出た途端、一気に数名の男女に囲まれてしまったのだ。
景は握手を求められて、一人一人と目を合わせて嬉しそうに握手をしていた。
プライベートだから、と写真を一緒に撮るのは断っていたけど、景は何人もの女の子にこっそり撮られていた。
その光景を見ながら俺は、きちんと地に足がついていないような心許なさを感じていた。
こんな事、分かっていた筈なのに。
景は俺の彼氏だけど、俺だけのものじゃない。
きっと日本中に、俺以上に景の事が大好きで、毎日景の事を考えて、会える日を、話せる日を夢見て過ごしている人がいる筈だ。
俺って、景の隣にいてもいいのかな。
折角のデートなのに、なぜかそんな事を考えてしまって、高揚した気分だったのにちょっと落ち込んでしまったのだった。
「修介、ごめんね」
景の声で頭のモヤモヤが断ち切られた気がして、ハッとして景に視線を移した。
「さっきの事、怒った?」
「……実はちょっとだけ、嫉妬した」
唇を尖らせる。
こんなので嫉妬してるなんて、俺はなんて子供なんだろう。
本当は、やっぱり景は凄い、人気者なんやねぇって明るく言うべきなのに。
そう言えない自分がいて、また更に落ち込んだ。
景は悪くないのに、これじゃあなんだか景が悪いみたいじゃないか。
あぁ、ポジティブになりたい。
そう思っていたら、景は徐にスマホを取り出して、何処かに電話をかけ始めた。
「はい……そうです、二人で……はい、では後程……」
仕事の電話かな?とぼーっと眺めていると、景は電話を切ってニコッと微笑んだ。
「これからカフェに行かない?」
「え?」
「自宅の一階をカフェにしてやってる小さな所なんだけど、そこのシフォンケーキが美味しいんだ。今誰もいなくて、貸切にしてくれるみたいだから、ゆっくりできるよ?」
「行く」
シフォンケーキ、が今の俺には魅惑の言葉で。
甘いものが食べたい。
この車の中に漂うバニラの香りに負けないくらい、甘いのを。
幸せな気分になって、景との時間を過ごしたいな。
景の左手が伸びて来て、俺の右手を上から掴んだ。
じんわり広がる景の体温。
なんだかすごく熱かった。
「熱 ……」
思わず声に出してしまうほど。
景の顔を見ると、顔もなんだか火照っているような気がした。
景、ドキドキしてくれてるのかな?
ギュッと手を握ってくれたから、俺も応えるようにギュッと手を握り返した。
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