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第213話

「お味はいいが?」 「あっ、はい、すごく美味しいです」 「良かった。景くんも言ってたけど、その味を出すのに随分苦労してね。毎日、産みたての新鮮な卵を仕入れてるのよ」 「そうなんですか。あの、お二人でやられてるんですか? 二年前くらいにオープンしたって」 「キッチンに立ってるのは私の古くからの友人で、もう一人アルバイトの子がいるけど、基本は二人でやってる。私、普通の主婦やってたんだけど、子供の頃から自分のお店を開きたいってずっと思ってて。息子も成人したし、思い切ってやってみようかなと思って。オープンするって決めた時、景くんも応援してくれて、すごく励みになったのよ」 「へぇ、そうだったんですか……」 慶子さんの目はキラキラとしていた。 本当に、楽しいんだろうな、仕事。 自分のやりたかった事をちゃんと実現出来ていて、尊敬する。 まだ分からないけど、俺もこんな風になれるのかな。 甘いカフェオレを飲み干すと、慶子さんは俺の顔を覗き込んで、嬉しそうに微笑んだ。 「景くん、今年のお正月、ここに来てくれた時に今度連れて来たい人がいるって言ってたんだけど、貴方だったのね」 「えっ!」 そんな事、景は言ってなかったから面食らった。 お正月の時って……俺が意地張って連絡するなって言ってた頃だ。 「嬉しそうに話してたから、てっきり彼女かなと思ってたんだけどね。北村くん、だっけ?貴方も俳優さんなの?」 「ま、まさか!俺はそこの大学に通ってる普通の学生で。景はバイト先の友達に紹介してもらって。あ、矢口翔平ってご存知ですか?景と幼馴染の。その人の紹介で仲良くなって」 「うん!翔平くんも知ってるわよ。その子も彼女連れてたまに来てくれるし」 え、翔平もここに来てるんだ。そっか、友達のお母さんだもんな。 翔平とカフェなんて想像ではとても結びつかないけど。 「景くんって、今彼女はいるのかな?」 ドキ、と胸が鳴った。 何て言おうか。 いるみたいですよ、と言うとどんどん掘り下げられて嘘を広げなければならないから、無難に言っておくべきだろう。 「さぁ、どうなんでしょう。俺たち、あんまりそういう話はしなくて……」 おお、我ながら上手く演技出来たんじゃないのか? それを聞いた慶子さんは、そうなんだー、と顔を傾けた。 「景くんって、結婚早そうじゃない?」 「え?」 一瞬、息がつまった。 「将来もし子供が出来たら、私みたいにいつまでも精進する気持ちを忘れないで、子供のお手本になるような父親になりたいって言ってたのよ。連れて来たい人がいるって言われて、もしかしたらそういう相手が見つかったのかなーって思ったの。まぁ、まだまだ若いし、芸能人ってよく分からないけど忙しくてそんな暇ないでしょう? いつになる事やら、だけどね」 「……」 折角、モヤモヤがなくなった気がしたのに、再発。 矢で胸を射られて倒れたかのように、目の前が、真っ暗になった気がした。

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