214 / 454
第214話
慶子さんに言われるまで、そういう事は気にしないようにしていた。
分かってたんだけど、俺は弱いから、そういう事を考えない楽な道を選んでいた。
景は本当はノンケだった。
俺の事を好きにならなければ、本来なら女の子と付き合っていた筈だったのに。
俺といたって天と地がひっくり返っても子供が出来る訳じゃない。
俺の幸せは、景と一緒にいる事。ただそれだけだけど、景の本当の気持ちはそうじゃなかったら。
もしかしたら景は、普通に幸せな家庭を築きたいのかもしれない。
それか、俺とは今だけの関係で、そんな未来の事までは考えてないか。
俺は、出来る事ならずっと一緒にいたいけど、きっとそんな事言ったら重いよね。
「あ、ごめんなさい。私変な事言ったかしら」
慶子さんの声にハッとして顔をあげて、慌ててかぶりを振った。
「あ、いえ!すいません、ボーっとしちゃって。昨日あんまり寝てなくて」
「あら。大学忙しいの?」
「一応四年生なので、就活してます」
「あぁ、就活ねぇ。どうなの、最近は?厳しいの?」
胸のつっかえが取れないまま、慶子さんととりとめのない話をしていたら、ドアが開いた。
「すみません、食事中に席を立って。あ、なんだか、仲良さそうだね。何話してたんですか?」
「内緒!なんてね。就活の話とか」
慶子さんが席を立つと、そこに景が座って俺を見て笑ったから、俺も釣られて微笑んだ。
上手く笑えてるはずだ、きっと。
「普通は休みの日にかかって来ないんだけどね。今出先で今度会うプロデューサーにお土産買おうとしてたみたいで、その話。そんなの勝手に決めてくれていいのにさ、変なとこにこだわりがあって」
「あぁ、そうなんや」
景とのデート、楽しみたいのになぁ。
なかなかこの胸のモヤモヤが取れない。
今身体をつつかれたら、倒れてそのまま起き上がれなくなりそうだ。
しばらくしてから俺たちは席を立ち、慶子さんに挨拶をしてカフェを出た。
車に乗り込んでから、景はマネージャーの宮崎さんについての面白エピソードを語ってくれた。俺は笑顔を心掛けていたけど、気の利いた言葉は一切出て来なくて、ただ乾いた笑いをするだけだった。
長い俳優業で培われた鋭い観察力を持つ景は、もちろんこんな俺の態度の変化を見逃すはずが無かった。
ともだちにシェアしよう!