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第259話

ここがどこなのか分からない。 さっきの水族館からは車で四十分ほど走ったところにある、閑静な場所。そしてなんとなく外観が暗くて怪しげな五階建てのビル。 朝井さんに言われるがまま、車を降りて前を歩く背中についていく。 エレベーターのボタンを押して五階に着くと、ドアが開いた瞬間にニコリと笑う店員さんにいきなり出迎えられたから、驚いた。 「朝井様。いらっしゃいませ。お待ちしておりました」 店員さんの後を慣れたようについていく朝井さんに俺は声を掛けた。 「朝井さん、予約してたんですか?」 「ううん、駐車場に入った時から俺だって分かってんの。一般の客と会わせないように、部屋まで案内してくれるんだよ。誰もいないだろ?」 「えっ、そんな事してくれるんですか?」 そうか、一般の人に見つかって騒がれたくない芸能人なんていっぱいいるもんな。 きっと芸能人御用達の店なんだろう。 奥の個室を案内されてドアを開けると、なんとなく和リゾートの雰囲気が漂う室内で、馬鹿でかいテーブルを挟んでフカフカの三人掛けのソファーが二個向かい合っている。 奥にはなぜかもう一つドアがある。こっそり覗いてみると、トイレだった。 そうか、これなら本当にバレないな……と感心したところで、朝井さんはジャケットを脱ぎだした。 「遠慮しなくていいからな。ここの飲食代と部屋代は全部払うから。じゃんじゃん好きなの頼めよ」 「え、部屋代もあるんですかっ?」 「そりゃああるだろ。ほら、突っ立ってねーで早く座れよ」 うう。やっぱり芸能人って怖い。俺の知らない世界が多すぎて。 しみじみと感じながら、朝井さんの向かいのソファーに腰を下ろすと、声を掛けられた。 「おい、そっちじゃねぇよ。隣に来いよ」 「へっ?」 「来ないとお前と藤澤の事……」 「はい、行きますっ」 そのワードを出される度、仕方なく言いなりになってしまう。 唇を一文字に結びながらおずおずと朝井さんの隣に腰を下ろす。一人分ほどの隙間をあけて。 そうしたら次の瞬間、俺の肩に手を回されて抱き寄せられた。 「そんな遠くにいねぇで、もっとこっち寄れって」 「えっ……あ、はい」 色っぽい言い方に、胸が不覚にも心臓が早鐘を打つ。 な、なんで。 俺はフルフルとかぶりを振った。 景に申し訳ない。他の男にこんな事をされて、自分の意志とは裏腹にドキっとしてしまったなんて。 気をしっかり持とう。 この人とご飯を食べればデートはもう終わり。 そうしたら指輪を返してもらって明日から不安もなくまた普通の生活に戻れるんだ。 好きな物を選べ、とメニュー表を渡されたけど、高額すぎる品々でとても頼めなかった。 すると朝井さんはお決まりのキーワードを言い放ったから、この際楽しんでやる!と変に気合が入り、食べたいものや好きな飲み物を頼むと、満足げな顔をして笑っていた。

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