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第274話 番外編 苺

「あの、景」 「何?」 「すごく食べづらいんやけど」 「そう?」 景に身体を後ろから抱きしめられる形でソファーに座っている。 テーブルの上の苺を取ろうとする度に、景の身体が背中に重くのしかかって来る。 タケさんの実家から直接送られてきたというその苺は、一粒が大きくてみずみずしい。 景が苺を洗ってくれて用意してくれたのはいいものの、肩の上から長い腕が垂れてきて、さっきから身体を思うように動かせないでいた。 「美味しいね、これ」 「タケさんの実家から景の家に直接送ってきてくれるなんて、お母さんええ人やなぁ」 「そりゃあ、僕がタケを育てたんだから」 「そうなん?」 景とタケさんは五年以上の付き合いらしいけれど、どんな風に出会ったのかまだ聞いた事が無かった。 五年前といえば、俺はまだ高校生。 あの頃は、景の存在なんてほとんど知らなかった。 それなのに今はこうして抱きつかれて、一緒に苺を食べている。 人生は何が起こるか分からないよなぁとしみじみしながら、もう一つ苺を皿から摘んで取った。 「タケさんと初めて会ったのっていつだったん?……」 右手に苺を持ちながらふと横を向くと、苺を口に咥える景と目が合った。 景は少し顎を上げて、こちらに何かの合図をする。 「……何してんの」 呆れた顔で目を細めると、景は俺の唇に苺の端の部分を押し付けてくる。 俺は頭を引いて、苺から唇を離した。 「いや、自分で食べれるし」 冷たく言うと、景は口に銜えていた苺を仕方なく指で摘んで離し、溜息を吐いた。 「はぁ。修介。ムードが台無しじゃないの」 「ムードも何も、今タケさんの事聞いてたんやけど」 「だって、思いついちゃったんだもん。修介と苺食べたいなぁって」 「だから、自分で食べるから」 「知ってる?苺って、キスする前に食べるといいって」 「えっ、なんで?」 「苺は甘みを感じる味覚を活性化させる作用があるから、食べた後にキスをすると痺れるような気持ち良さを感じられるんだって」 「ヘェ〜、物知りやねぇ」 「試してみようよ。本当に気持ちいいかどうか」 「えっ、試すん?」 「だから今日呼んだんだけど?」 ニコリとした景は、先ほど自分が銜えていた苺を指ごと無理やり俺の口の中へと押し込んだ。

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