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第286話 side詩音

帰りのタクシーの中で、お酒の匂いをさせたマネージャーが満面の笑みを浮かべながら上機嫌に話した。 「詩音、良かったね。ついに憧れの人とご対面できて。本当にカッコ良かったね!」 「はい、本当に!今日参加したいっていう俺の我儘を聞いてもらって、本当にありがとうございます!」 俺も未だ夢見心地で、興奮気味に返事をした。 藤澤さんと会えると聞いて、一日でも早く会いたい。 そう思ってぜひ参加させてほしいと頭を下げた、あの時の俺を褒めてやりたい。 たった数時間だったけど、藤澤さんと目と目を合わせて会話が出来たなんて、本当に夢のようで。 ずっと目標にしてきた藤澤さんと、まさか共演する日がこんなに早く来るなんて思ってもみなかった。 最近、嬉しい事に仕事がどんどん舞い込んでくるようになった。 寝不足で辛いけど、嬉しい悲鳴だ。 それだけ、世の中が俺を必要としてくれているから。 「楽しみだね、これからの撮影。まぁ、内容はシリアスだから、現場はピリピリムードだと思うけど。今日はほんと俺も嬉しかったな。前からなんとなく思ってたけど、詩音と藤澤くん、並ぶとまるで兄弟みたいだったよ?」 「本当ですか?嬉しいです。俺、緊張でうまく笑えてなかった気がしたんですけど、大丈夫でしたか?」 「うーん、まぁちょっと固かったけど、そこはほら、藤澤くんが引っ張ってくれたじゃない。流石だよね。場の雰囲気の作り方も他の役者とはまるで違う。緊張感も多少ありつつ、和やかに終われてさ。すっかり彼のファンになっちゃった。詩音も早く追いつけるといいね、藤澤くんに」 マネージャーに言われて、さらに燃えてきた。 藤澤さんの事を初めて見たのは、十五歳の時。 画面越しに見る躍動感溢れる演技や表情は、俺をたちまち虜にさせた。 雑誌や広告モデルとしてはすでに活動はしていたけれど、心臓が張り裂けるくらいの衝撃は、将来の夢や希望も特に無く、ただ平凡な毎日を送るだけだった俺の日常を大きく変えた。 無謀だけど、いつか藤澤さんに会いたい。 どれだけ時間が掛かったとしても、絶対にあなたの隣に立つ。 ぞわぞわと身体の奥から沸き立つ希望に身震いしながら誓ったあの日を、俺は一度も忘れてはいない。 そしてついに夢を叶えることが出来た。 まぁ、俺の役は脇役中の脇役で、そこまで出番もないし重要でもないんだけど。 今度は、もっといい役を貰えるように頑張るんだ。 ドラマや舞台でもいつか共演して、藤澤さんに認められるような立派な役者になりたい。 連絡先も交換してくれたし、なんだか俺の事を気にかけてくれているようで本当に嬉しかった。 そして、俺の名前を呼んでくれた。詩音、と。 (頑張るぞ……!) これから、もっともっと親しくなっていきたいな。

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