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第295話 side景

コンコン、とノックする音が聞こえたから、僕は読んでいた台本を置いてドアの鍵を解除した。 開けると、詩音が立っていた。 「どうぞ」 「あ……っ、藤澤さん、眼鏡なんですね」 「うん。変かな?」 「いやっ!めちゃくちゃカッコいいですっ!すみません、お邪魔します!」 詩音は手を横に振ってペコペコと頭を下げ、なんだか照れている。 この焦ったような言い方も修介に似ているから、可笑しくてクスリと笑った。 部屋の中に招き入れ、詩音をソファーに座らせた。 「早速なんですけど、この俺のセリフ、どんな心境で言えばいいのかちょっと悩んじゃって」 詩音とページをめくって、セリフを辿っていく。 僕に別れを告げる場面だ。詩音は一言、『バイバイ』と僕に言う。 詩音はこの一言にうーんと唸りながら一生懸命に悩んでいた。 「藤澤さんだったらどういう風に演じますか?俺、この時の心情をどう表したらいいのか分からなくって」 「確かに、ここは難しいかもね」 バイバイ。バイバイ。 その時の詩音演じる男の心情を探りつつ、そう言って僕らは何度も演技をした。 そうしている最中、詩音がふぅ、と溜息を吐いたから僕は顔を上げる。 詩音はしんみりした様子で呟いた。 「俺、ちゃんと出来てるのか、これからの撮影でもうまくやれるのか、ちょっと自信ないです……」 僕はすかさず台本を丸めて詩音の頭をはたく。 パン!といい音が鳴った。 「あだっ!」 「そんな事二度と言わないでよね」 「藤澤さん……」 「ここまで死ぬ気で這い上がってきたんでしょう?僕に追いつけるように、隣に立てるまで絶対に諦めないって。初めて会った時に話してくれたよね?」 あの日、詩音はたどたどしく気恥ずかしそうに僕に話してくれたのだ。 詩音は頭を手でさすりながら頷いた。   「僕、嬉しかったよ。こんな僕の為に必死になってくれた人がいたなんてね。その夢を、詩音は自分で叶えてみせた。だから大丈夫だよ。今回も、詩音はきちんと自分の力で乗り越えることが出来るよ。弱気な事言ってないで、その向上思考で一緒に成功させようよ、この映画」 そう言うと、みるみるうちに詩音の顔に光がさしてくる。 「あ、ありがとうございます!もう、弱音は吐きません。藤澤さんや先輩方と一緒に、絶対に成功させてみせます!」 安心した僕はニコリと笑って、再度台本に目を落とした。 バイバイ。バイバイ。 唇がいい加減その言葉に馴染んできたところで、考えられない事だけど、もし修介と僕の関係に終止符を打たなければならない時に言うとしたらどう伝えるのかと頭に浮かんで、僕は表情を作った。 「――バイバイ」 あ、これだ。 切なくて、悲しくて、儚くて。 しっくり来たな、と思ったら、目の前の詩音も同じ事を思ったようで、表情をぱぁっと明るくさせて、興奮した様子で本をぎゅっと握りしめた。 「凄い……!藤澤さん、いま俺、鳥肌立ってます!も、もう一回やってもらってもいいですかっ?」 「え、もう一回?ちょっと待って、出来るかな」 もう一度気を取り直して集中していると、それを遮るかのようにテーブルの上に置かれたスマホが勢いよく鳴り出したから笑ってしまった。

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