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第298話 side詩音
部屋に戻り、ベッドに仰向けになりながら台本を読み直していた。
何度やっても、藤澤さんみたいに、心に刺さるような焦燥感あふれる演技は出来ない。
藤澤さん、やっぱり凄いな。
俺の遥か上をいく人だ。
演技でも、プライベートでも。
藤澤さんの今度の恋人が男性だなんて、全く知らなかった。
少し驚いたけど、藤澤さんは堂々としていて、さすがだな、と思った。
「バイバイ……」
声に出しているだけで、頭では全く別の事を考えていたことに気付いたからパタンと本を閉じて天井を見上げる。
さっきの、藤澤さんとの会話をもう一度再生してみた。
『どこで知り合ったんですか?もしかして、ずっと藤澤さんのファンだった人ですか?』
『ううん、向こうは僕の事、名前は知ってたけど全然興味は無かったみたいだよ。幼馴染に大事な友達なんだって紹介されてね。初めて会った時から、なんとなく気にはなってたんだ』
『へぇー。藤澤さんの事、興味無かっただなんて、信じられない……』
『そんなものでしょ。出会ってから僕にちょっとずつ興味持ってくれたみたいだよ』
『あの、失礼かもしれませんけど、南さんと付き合ってましたよね?修介さんが好きだって気付いたから別れたんですか?』
『いや、彼と出会う前から、南とはこの先ずっとはやっていけないかもって思ってたから』
『抵抗、無かったんですか?男の人と付き合うって』
『うーん……そう考える前に、修介と一緒にいたいなぁって思ったんだよね。変な話だけど、たまたま男だったって感じで。それに彼、面白いんだ。ちょっと落ち着かなくて抜けてるところがあるんだけど。さっきの電話も、僕の誕生日の事で電話してきてくれたみたいでさ……』
* * *
藤澤さんはとても穏やかな表情をしていた。
きっと、修介さんの事を心から好きで、大事に思ってるんだろう。
いいなぁ。すごいな、修介さんって。
どんな男性なのかはちっとも分からないけれど、藤澤さんをあんな風にするくらいだから、相当魅力的な男性に違いない。
藤澤さんに出会ってから興味を持って、たった半年であの藤澤さんと付き合えちゃうだなんて。
俺なんて、五年も前から藤澤さんの事知ってて、毎日毎日、藤澤さんの事を考えて、ずっと憧れてたのになぁ……
そこまで考えてから、バッと上半身を起き上がらせた。
反動で、台本がバサッと床に落ちる。
今、何を考えたんだろう、俺。
これって、嫉妬?
修介さんに嫉妬するなんて、まるで、俺が藤澤さんと付き合いたかったって言ってるようなもんじゃないのか。
頭をガシガシと掻いてから台本を拾った。
藤澤さんと付き合いたいだなんて、一度も思ったことなんてない。
きっと憧憬の念が強すぎてこんな事を考えてしまったんだろう。
椅子に座りなおし、テレビの脇にある大きな鏡で自分の顔を確認した。
そこには、とてつもなく情けない顔をした自分の顔。
真っ赤だった。
「あー……もう寝よ……」
ホモじゃない。俺はホモじゃないぜ。
そう繰り返しながら枕に顔を埋めた。
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