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第306話

傘もささずに走ったから、全身が大変な事になっていた。 とりあえずゆきちゃんから逃れる為、駅の方へ向かわずに、俺のアパートの近くまで戻って来てしまっていた。 何度か後ろを振り返ったけど、ゆきちゃんは追いかけてきていないようだった。 俺は今日、計何キロ分走ったのだろうか。 いつも通り体力が無い為、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す。 「北村さん、何してるんですか」   莉奈もそれは同じようで、呼吸を整えていた。 莉奈の腕を掴んだままだったから慌てて離し、苦笑いをしながらアパートを指差した。 「と、とりあえず、俺んち行こうか」 「はい……」 二人で階段を上り、鍵を回して部屋に招き入れる。 バスルームからタオルを持ってきて莉奈に渡し、リュックを下ろしてケーキの箱をテーブルに置いた。 嫌な予感がして箱を恐る恐る開くと、走った衝撃で中身が倒れてしまい、生クリームが側面について、見るも無残な姿になっていた。 俺はため息を吐く。 (あぁ、何やっとるんろう……俺) 莉奈を勝手に連れてきてしまい、ケーキも台無しにして。 落ち込んだ俺に気付いた莉奈は、慌てた様子で頭を下げた。 「北村さん、本当にすみません!私の事、助けてくれたんですよね……」 莉奈はそこまで言うと、バックからスマホを取り出して目を見開く。 「あ、ゆきちゃんから電話だ……どうしよ、出たほうがいいかな……」 独り言のように呟いたけど、俺の様子を伺って、助言を待っているようだった。 俺にはどうしたらいいのか分からない。 咄嗟に逃げなくちゃ、って思って引っ張ってきてしまったから、この先の事なんて考えもしていなかった。 でも確実に俺の責任だ。 「ごめん、勝手にこんな事してもうて。とりあえず、今はあっちもカッとなっとるから、出んでもええんやない?」 「あ、そうですよね。あぁ、本当にすみません。多分ゆきちゃん、私の家に行くと思うんです。今は行かないほうがいいですよね?今日夜からバイトだって言ってたから、もう少ししたら地元に帰ると思うんですけど」 「そっか。じゃあ彼氏が帰りそうな時間まで、ここにおれば?」 「あ、ありがとうございます」

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