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第308話

(死……死ぬ……) 見なくても誰からかなんて分かり切った俺は、莉奈に一言言って部屋から出た。 息を大きく吸い込んで、電話に出る。 「もしもし」 どうしよう。どうしよう。 そればっかり頭にあって、肝心の言い訳の言葉は全く浮かんでこない。 景は俺の心境とは裏腹に、明るく声を発した。 『あ、今、どこにいるの? 遅くなっちゃってごめんね。マンションに着いたんだけど』 そうだよね。もう着いたよね。 って、遅くないよ!むしろ着くの早くない?予定よりも大分! あぁ、もうこれは完全にアウトだ。 俺は激しくうなだれてから、目を閉じた。 「景、ごめん。今日おれ、そっち行けなくなった……」 『え?』 そうだよね。え、だよね。 だって、せっかくの景の誕生日なのに。 俺が会いたいって言い出したのに。 『どうしたの?具合でも悪いの?』 景は俺を責めることもなく、心配だというような口調で優しく語りかけた。 景はいつも優しい。 自分より俺の心配をしてくれて。 そんな景に、俺は罪悪感に駆られてしまう。 そうか。具合が悪いって言えば、何にも怪しまれずに済む。 嘘を吐こうか。具合悪くて、寝込んでいるんだって。 だめだ。 そんな嘘、今は隠し通せても後々バレるに決まってる。 それに景の事だから、心配だから今からお見舞いに行くだなんて言いかねないし。 莉奈やゆきちゃんの事は電話じゃなくて直接ちゃんと話したい。 とにかく、ここは謝っておくしかない。 「あ……いや、ちょっと事情があって……今度、ちゃんと話すから……あの、ホンマごめん」 『事情って、何?』 「ううん、別に!ちょっと、いろいろと。あ、景、お誕生日おめでとう!一緒に過ごせなくて、ホンマにごめん」 ごめん、景。 俺が悪いんだ。 今日、馬鹿なことばっかりやらかすから。 きっと怒っただろう。 ちょっとだけ涙がじんわりと滲んで、不安でいっぱいになってギュッと目を瞑った。 景からいろんな文句を言われるのだろうと心構えをしていたけど、返ってきたのは穏やかで優しい声だった。 『ありがとう。いいよ、もともと僕がゆっくり時間取れないのが悪いんだし。今度一日オフの時にまたおいでよ。たぶん、ちょっと先になっちゃうけどさ』 えぇ! 天使!景、こんな俺を責める事なく、納得してくれたの? 途端に喉のつっかえが取れたように、気分が晴れやかになった。 「あ、うん!そん時は、絶対行く!ホンマごめんな?」 『もういいよ、謝らなくて。じゃあ、またね』 うん、ごめんっ、と何度も謝りながら電話を切った。 とりあえず、怒ってはないみたい……だよね? 「はぁ~、良かった……」 口に出してから、ハッとして、プレゼントを購入した店に電話を掛けた。 引き取りは今日じゃなくても、近いうちだったらいつでもいいらしい。 明後日時間がありそうだから取りに行くことにした。 ドアを開けて部屋に入ると、莉奈はスマホと睨めっこをしていた。 「あ、北村さん。彼氏、やっぱり私の家に来てるみたいです」 「あぁ、やっぱそうなんか。俺の事、何か言うてる?」 「もし今度会ったら、ぶん殴るって」 ゆきちゃんとはもう二度と会わないでおこう。 俺はそう固く胸に誓った。

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