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第310話 side景
形を確かめるように手に取ってみる。
黒のレザーが張られたそれは、ブランドこそは違うけど、重みといい、角の丸みといい、あのお気に入りのライターによく似ている。
僕はつくづく詩音の好意が嬉しくて、思わず詩音を抱き寄せてしまった。
詩音は裏返った声を上げる。
「え、えっ!藤澤さん?!」
「ありがとう、詩音。これ、毎日大事に使うよ。詩音だって忙しくしてるのに、こうやって準備してくれて本当に嬉しいよ。ありがとね」
「あ、い、いえ!喜んで頂けて、光栄です!」
上から包み込むような形で、ぎゅっと抱きしめてから離れた。
詩音は照れたように何回も瞬きを繰り返して、えへへ、と視線を外していた。
そんな時、詩音のマネージャーがこちらにやってきた。
「藤澤くん、今日この後何か用事あるの? 良かったらみんなで飲みに行こうよ。俺奢っちゃうからさ」
「お誘いありがとうございます。ですが今日は用事がありますので、これで失礼させていただきます」
「そっか、じゃあまた時間あったらよろしくね!」
「はい」
マネージャーが行ってしまうと、詩音は片えくぼを作って僕の顔を覗き込み、小声で話し掛けた。
「今日、約束してるんですよね?修介さんと。楽しみですね!会えるのも久々じゃないですか?」
「うん。僕のマンションにもう来てると思うんだ」
「へぇ。じゃあ、よろしく言っておいて下さい!あ、俺によろしく言われてもって感じですけど」
「ううん。伝えておくよ。今度、詩音も僕の家に遊びにおいで? お礼にご飯でもご馳走するよ。今度って、いつになるかは分からないけど」
「本当ですか?嬉しいです!藤澤さんも、俺の家に遊びに来てくださいね、是非!」
「うん。是非」
談笑した後、スタジオから出て喫煙所に入り、早速、詩音からもらったライターを使ってタバコに火を点けてみた。
蓋をカタン、と鳴らしてライターを見つめる。
あぁ、この重みと音と肌触り。いいかもしれない。
紫煙を吐き出して、スマホの画面を眺めたけど、相変わらず、修介からの連絡は無かった。
先週、僕から久々に電話を掛けてみた。
修介に、伝えなくちゃいけない大事な用事があったから。
その時もいつもと変わらない様子だったから、きっと本当に忙しくて僕の方まで手が回らないのだろう。
修介からの連絡が無いのは、あまり気にしない事にした。
だって今日、折角彼と会えるんだから。それでチャラだ。
一本吸い終えてから、タクシーでマンションに向かった。
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