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第317話

* * * 世間の学生は夏期休暇に突入し、バイト先の飲み屋は毎日混雑していた。 莉奈は相変わらずゆきちゃんとはまだ続いている。 ゆきちゃんがわざわざ俺を殴りに会いに来るんじゃないかとヒヤヒヤしていたけど、あっちはあっちで忙しくしているらしく、俺の事なんて構ってられないらしい。 あの時はすぐに景と会えると思っていたけど、実際に会える事になったのは、随分日が経ってからだった。 でも今回は景とゆっくり出来る。 景はようやく丸一日お休みをもらえたのだ。 お昼過ぎにマンションにたどり着いた。 というのも、今日は都内で会社説明会だったから。 スーツじゃなくても良かったのが幸いだ。 資料をどっさり貰ってきたから、多少重かったけど。 鍵を自分で開けてエレベーターに乗り込み、上階のボタンを押す。 インターホンを鳴らすと、すぐに景は中から出てきてくれた。 「待ってたよ。久しぶり」 「景!久しぶりやなぁ。元気にしとった?髪、随分伸びたなぁ」 「そう?修介は変わらないね。じゃあ、どうぞ」 景の長めの前髪が目にかかりそうで、そこから覗かせる目がセクシーでドキッとした。 パタンと扉を閉めると同時に、景からの熱いキスが降ってくる……と勝手に想像していた俺だったけど、予想に反して景はすっと奥に行ってしまったから面食らった。 あれ。なんで? やっぱり、誕生日にここに来れなかった事、怒ってるんだろうか。 あれから一度、景に電話をした。 その時はとりとめのない話をして笑い合ったし、怒ってる素振りなんて見せなかった。 内心ドキドキしながら、手に持つ景の誕生日プレゼントが入った手提げ袋を上から覗く。 景は喜んでくれるかな。 靴を脱いで部屋に上がり、リビングに入ると景はキッチンで支度をしてくれていた。 ダイニングテーブルの椅子に、資料の入った手提げ袋とプレゼントの袋を置き、片手に持っていた手提げ袋の中身を取り出した。 「これ、慶子さんとこで買ってきてん。景に宜しく伝えといてって言うてたで?」 「え、今日、説明会なんじゃなかったの?」 「うん。さっき行って来た。これは昨日の夕方買ったんよ」 「そうなんだ。わざわざありがとう。じゃ、一緒に食べようか」 景は嬉しそうにロールケーキをカットしてくれている。 それを見ながら、いつ景に切り出そうか悩んでいた。 莉奈の事。ゆきちゃんの事。 なぜ誕生日に来れなかったのか。

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