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第318話

景はすぐに聞いてくるかと思ったけど、俺の就活の話や今やっている撮影の話になって、あの時の事に触れることが無かったから、俺もすっかり切り出すタイミングを逃していた。 ソファーに座り、スマホをテーブルの上に置く。 景はトレイにケーキとコーヒーを乗せて運んできてくれてくれた。 「いただきまーす」 口の中にイチゴの甘酸っぱい香りが広がる。 そういえば、甘いものを食べたのは随分と久しぶりかもしれない。 「美味しいね。クリームが蕩けてまろやかで。慶子さん、また随分と研究したんだろうな。シフォンケーキもまた食べに行きたいね」 「うん。今度また行こう。慶子さんも会いたい言うてたで?」 俺は景の顔をのぞき込むと、景はふふ、と呆れたように笑った。 「ついてるよ。クリーム」 子供みたい……と唇の端に手を添えられて、景の顔が寄せられた。 クリームを舐めとってくれたかと思ったら、そのまま口内に侵入してきて、舌を動かされる。 右手に持っていたフォークを指先でぎゅっと握りしめながら、その快感に身を委ねた。 景とキスしたのも久しぶり。 景もそう思ったのか、なかなか唇は離れなくて、何度も角度を変えながら味わっていた。 もしかして、さっき玄関でしなかったのは、止まらなくなるって分かってたから? 舌を搦めとられているうちに、そのまま本番がはじまっちゃうかも…… そう思っていたけど、名残惜しそうに景の唇が離れていって、鼻の先があたる近距離で呟かれた。 「……好き」 ボッ!と体中に火が付けられた感覚だ。 電話では言ってくれてたけど、真っ直ぐに見つめられたまま言われると、どうしようもなく照れる。 景は恋愛もののドラマや映画に出ることも多いから、こういうシーンは何度も体験してきたんだろう。平然とやってのける。 「あ、そうや!俺……」 はぐらかすように景の腕を押しやって立ち上がって、ダイニングテーブルに向かう。 手提げ袋から箱を取り出して、景に手渡した。 「これ、俺からのプレゼント。遅くなってゴメン。気に入ってもらえれば嬉しいんやけど」 景は箱を凝視すると、嬉しそうに笑った。 「嬉しい。ありがとう。開けてもいい?」 「そりゃ、もちろん」 景は包み紙を破らないように丁寧に1枚ずつはがしていく。 箱を開けて、中身を確認した。 景はそのライターを見ると、少し驚いた表情をしていたから、ドキッとした。 驚いたって、嬉しさのあまりっていう感じじゃない。 なんだかハッとした表情で、何かを考えているようだった。 「これ……」 呟いたまま、動かなくなってしまった。 俺はプレゼントと景の顔を何度も見比べる。 予想では、もっと喜んでくれるかと思ってたんだけど。 もしかして、気に入らなかった? やっぱり服とか、ネックレスとかの方が良かったのかな。 景に似合うと思って選んだんだけど。 どうしよう。俺、なんか間違ったかも。 「ありがとう。大切に使うよ」 景はますます笑顔になったから、余計勘ぐってしまう。 もしかして、演技してる? 本当はあんまり好きじゃないんじゃないの、それ。 一度モヤモヤし出すと、止まらなくなるのが俺の悪い癖だ。 「うん!あ、そうや、ちょっとトイレ借りるわ」 俺は逃げるように、リビングから出ていった。

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