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第332話

なんだか様子がおかしいなとは思ったけれど、電話が長引かなかった事に景は上機嫌だったから、俺もすぐに気持ちが切り替わった。 景は横向きに座って俺を抱きしめながら頬や額にキスをする。 「言ってないの?僕と付き合ってるって事」 「言える訳ないやろ?バラされでもしたらどないすんねん。その前に信じないやろうし」 目を閉じると頭が少しフワフワする。 アルコールのせいか、それとも目の前の人のせいか、とりあえずほろ酔いで気持ち良くて、俺はこのまま流されてしまいそうになるけれど。 シャツの中に忍び込んでくるその手を阻止した。 「駄目やで。もう帰らんと」 「やだ」 景は構わず、首筋を舐めながら手を上へと進めていく。 「やだじゃあらへんよ。明日もいろいろ準備せなあかんし」 「泊まっていきなよ。お願い」 景は俺の首元に顔を埋めて呟いた。 昼間の景とは大違いだ。 あんなに怖かったのに、甘えた声を出す景を見て、胸がギュッとなる。そんなギャップを見せるのは、やっぱり俺だけであってほしい。独占したい。 そんな風に思いながら俺は景の頭を撫でた。 「ん〜、そうしたいんやけど、明日早めに家出なくちゃいけないから、ごめんな?」 そう言うと、景は軽く口づけをしてニコッと笑い、体を離した。 「嘘だよ。困らせてごめんね。またおいでね」 「ん、ありがと」 身支度をしてから、別れを惜しむようにギュッと抱き合って、玄関を出た。 今日は喧嘩もしたけど、久々に会えて、充電できた。 明日からもまた頑張ろうって思える。 スマホを取り出し、電車の乗り換え案内を調べた。 ふと、莉奈からの着信を思い出した。 先程の電話の声が、なんだか掠れて鼻声のようだった。 もしかしたら泣いていたんじゃないかと思う。 電車から降りたら莉奈にもう一度電話をしてみようか。 そう思いながら駅に向かった。

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