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第336話 side景
「へぇ。綺麗な顔してんなぁと思ったら、あんた芸能人なの? 見たことねーけどなぁ。最近の若者はどれも似たような顔だから覚えらんなくて」
家の近くで拾ったタクシーの運転手に、千葉までとお願いすると、喜ばれたのと同時に、本当に金はあるのかと怪訝な顔で心配されたから身元を明かした。
六十代くらいと思われる白髪のおじさんは、僕の事を見たことも聞いたこともないらしい。
アルコールが入っていなければ自分で運転も出来たのに、まぁしょうがない。
「なんでまた、そんなとこまで行くの?」
「あぁ、友人の忘れ物を届けに」
「え!その為にわざわざ行くのか?優しいアンちゃんだねぇ」
「大事な物みたいなので」
椅子の上に、見慣れない紙袋が置いたあったのに気付いたのは、修介がマンションを出てから少し経ってからだった。
会社の資料がどっさり入っている。
取りに帰ってきてもらうのも悪いし、明日もし必要だったら困るだろうから、こうして向かっているわけだ。
でも本当は、それは単なる理由付けなのかもしれない。
また会えるかと思うと実はワクワクしていた。
修介の事だから、いきなり行っても、僕の事を泊めてくれるかもとちょっと期待している。
高速道路に入ったところで、修介に連絡を入れようかどうか迷っていた。
しかし今日は比較的道が空いていた。
修介が寄り道せずまっすぐ家に帰っていればきっと僕が着くころには家にいるはずだ。
僕はスマホをポケットに仕舞い、運転手の世間話に耳を傾けて適当に相槌を打っていた。
「で?帰りはどうする気だ?もしすぐに帰るんだったら、用事が終わるまで待っててやるけど」
「あ、いえ、帰りは大丈夫です。たぶんその人の家に泊まっていくので」
「へぇ、泊まりねぇ」
そう言うとおじさんは僕をバックミラー越しに見てニヤリとした。
なんだその舐め回すような目は。
別にいいけどね。
おじさんが想像してるような事、あわよくばしたいなとは思ってるよ。
修介のアパートの前に着いてからお礼を言って外に出た。
タクシーが行ったのを見届けてから、二階の角部屋に視線を移す。
よかった。灯りがともっている。
僕は紙袋を手に階段を上がりながらワクワクした。
インターホンを鳴らすか。それとも合鍵を使っていきなり中に入るか。
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