360 / 454

第360話

「はぁ。日高詩音ねぇ。話した事はねーけど、あいつそんな事言ったんだ」 「俺は、勝てるところなんて何も無い。自分勝手で、気が利かなくて、景の大変さも分かってあげられない。きっと詩音くんの言う通り、詩音くんの方が景の事、よく分かってるんだと思います」 どんどんとネガティブな言葉が口から漏れてしまう。 タケさんはそんな俺を見てまた笑った。 「で?要するにー、景ちゃんが詩音を選ぶかもって、不安なの?」 「はい」 「馬鹿かよ修介!」 あははは、とあっけらかんと笑って身体を揺らしていた。 この人の明るさにはなんだか救われるけど、今の俺はつられて笑う事が出来なかった。 「そんな事、本当にあると思ってんのー?」 「お、思いたくないですけど、趣味だって合うみたいだし。景の秘密だって知ってるし。俺は、何もないんです。詩音くんに、勝てるとこなんて」 こんな事言って、本当に子供みたいで呆れるけど、さっき詩音くんに言われた言葉の数々が頭から離れなくて、グルグルしていた。 あんな凄い人に、俺みたいな奴なんてどうやったって太刀打ち出来ない。 「ほぉー」 和ませようとしているのか、タケさんは唇を尖らせて何回も頷いて目を見開いた。 そのまま腕組みをして、興味津々といった様子で俺に尋ねてくる。 「じゃあ、景ちゃんの隣にいるのは、自分じゃなくて詩音の方が相応しいとか思ってんの?」 「そ、そうじゃないですか……きっとみんなそう思ってます。見た目だって性格だって趣味だって、詩音くんの方が合ってるみたいだし」 「じゃあ辞めりゃあいいじゃん。景ちゃんなんて」 急に低く強い声を出されたから、ビクッと竦み上がった。 恐る恐る顔を上げると、タケさんは俺を冷たい目で見つめていた。 「そしたら楽になんじゃん。こうやって悩まなくてもいいし。辛いんだったら、先にこっちから振ってやりゃあいいじゃん?」 タケさんは両手をついて俺の顔を覗き込んでくる。 俺は身体を引いて後ろへ逃げるけど、ソファーがあってもうこれ以上は引けなかった。 「あの、タケさん……」 「振る勇気さえも無いんだったら、俺が手伝ってやろうか?」 「……手伝うって、何をですか?」 「俺とセックスしただなんて聞いたら、景ちゃん、もう誰も信じられなくなって、直ぐに別れられるんじゃない?」 セックス、という単語を聞いて、巡っていた血が止まったような気がした。 「あ」とタケさんが宙を見つめたかと思ったら、いきなり俺の両腕を手で掴んで口の端を上げ、視線を俺に移した。 「俺が挿れる側ね?」 「……冗談ですよね?」 「本気だよ。俺、修介だったら勃つ自信ある」 タケさんはニコッと微笑んだ後、俺の唇に顔を近づけて、Tシャツの中に手を忍ばせた。

ともだちにシェアしよう!