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第361話 side景
誰かが手を握ってくれている。
暖かい。
フワフワと浮いている感覚で、すごく気持ちが良い。
でも、そろそろ起きなければ。
この手は……
あぁ、そうか。きっと来てくれたんだ。ありがとう。
* * *
「修介……」
僕はゆっくり瞼を持ち上げる。
ソファーの隣に座っている人物を見る。
修介だと思っていたその人は、詩音だった。
僕は、詩音に手を握られていたのだ。
「藤澤さん」
呼びかけられてハッとし、途端に恥ずかしくなった。
修介と詩音を間違えるだなんて。
僕は条件反射で握られていた手をバッと離して、体を起こした。
「あぁ、詩音。僕……」
詩音は困った顔で、僕の手を握っていた自らの手を引っ込めた。
何故、握っていたんだろう。
最低だ。僕。
部屋で二人きりで手を握っていただなんて、修介とまるで同じことをしているではないか。
責められる立場にない。
ちゃんと眠れていなかったせいか、ここ最近体調は万全ではなかった。
ご飯も喉を通らないし、なんだか目眩もするし。
時計に視線を移すと、詩音がここに来てくれてから二時間ほどは経過していた。
詩音の好意に甘えて、すっかり眠ってしまった。
額に手を置いて、長めの前髪をかきあげた。
「ごめん、詩音。せっかく遊びに来てくれたのに、僕がこんなので。僕の事なんて放っておいて、帰ってくれても良かったんだよ?」
詩音は、僕が眠ったら帰るとは言っていたけど、きっと僕の事が心配で傍にいてくれたのだろう。
ますます頭が上がらないでいると、見間違いかもしれないけど、詩音の瞳が揺れたような気がした。
「ここにいたら、迷惑ですか?」
いつもの詩音じゃないような気がした。
僕の事、本当に心配してくれてるんだ。
僕はニコリとしてかぶりを振った。
「迷惑なんかじゃないよ。ごめんね詩音、心配ばっかりさせちゃって」
「じゃあ、いても良いですか?修介さんじゃなくて、俺が、藤澤さんの側に」
「……?」
言われてる意味を探っていると、僕の手の甲に再度、詩音の手が置かれた。
詩音は強い眼差しで僕を見る。
僕に何かを伝えようとしているんだっていうのは一目瞭然だった。
僕も一ミリたりともその視線を離さない。
「詩音。どうしたの」
手から詩音の熱をじわじわと感じる。
詩音は唇を噛んだまま、何も答えなかった。
「詩音」
もう一度、名を呼んでみる。
すると詩音は一呼吸置いてから、はっきりとした口調で話し始めた。
「さっき、修介さんがここに来ました」
「え?」
「ここに、というか、玄関先までですけど。藤澤さんは疲れて寝ていますと伝えたら、そのまま帰って行きました」
「そう」
わざわざここに来てくれたんだ。悪い事したな。
詩音も、起こしてくれてもよかったのに。
でも、いま修介と会っても何から話せばいいかだなんて検討もつかなかったから、少し安堵してしまった自分に辟易した。
「だから、俺が隣にいました。修介さんじゃなくて、俺が」
詩音はそう言って僕の手をグッと握ってくる。
「俺は、ずっと藤澤さんを見てきました。藤澤さんが修介さんと出会う、もうずっとずっと前から。俺だったら、藤澤さんにそんな風に寂しい思いさせません。修介さんみたいに、恋人の誕生日をすっぽかして、女の人を優先するような、そんな子供っぽい行動もしません」
詩音は芝居のセリフかのように淡々と話す。
これがまるで撮影中のように錯覚してしまう。
でも今は現実だ。
詩音、さっきから、何を言っている?
「藤澤さん。もし、先に出会っていたのが修介さんじゃなくて俺だったら、俺の事、好きになってくれましたか?俺と付き合ってくれましたか?」
詩音は立ち上がって、前かがみになった。ソファーの背もたれに手をかけて僕を上から見下ろすと、そのままゆっくりと顔を近づけてくる。
「好きです、藤澤さん」
僕は微動打にせず、降ってくる詩音の整った顔をじっと凝視した。
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