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第363話

涙目になりながら額を両手で抑えていると、タケさんは身を乗り出して嬉しそうに語った。 「知ってるー?景ちゃんが悩んだり、一喜一憂できる相手って、修介だけなんだぜ?」 「……」 「ちょっと抜けてて素直じゃなくて困るんだってお前の事たまに言ってるけど、そう言いながらもどこか嬉しそうなんだよ、景ちゃん。趣味が合うからとか、話が合うからだけじゃ、景ちゃんの恋人は務まんねーよ。もっと強気になんなくちゃ。修介はあんな凄い人の唯一の恋人なんだから」 「あ……」 「悪ぃな、こんな事しちゃって。でも、よく分かっただろー?景ちゃん以外にこんな事されたくないって」 さっきの俺は、心の中で景の名をずっと呼んでいた。 自分が恥ずかしくなって、真一文字に唇を結ぶ。 きっとタケさんは俺に分からせようとして、わざとあんな行動を取ったんだ。 「詩音の方が、修介よりずっと前から景ちゃんの事知ってたって言うけど、それが何なの?景ちゃんと濃い時間を過ごして、心が一緒にいる時間が長いのは、修介の方だろ」 じわじわと脳裏に浮かんでくる、景との思い出。 連絡先を交換してくれて、いろんな場所に誘ってくれて。 仕事が忙しくて会えなくても、景はいつでも俺の事を想ってくれていた。 そんな当たり前のこと、なんで忘れちゃうんだろう。 少しだけど、涙がじんわり瞳に溜まった。 「あ、ありがとうございます、タケさん……」 「目、覚めた? あぁ、俺とうとう景ちゃんに本格的にシメられるなぁ。押し倒して顔寄せて乳首摘んだなんて言ったら、いつも一緒にやってるトレーニング、倍にされそ~」 「それだけで、済めばいいですけど……」 「……やめろよ。怖くなんじゃん」 タケさんと笑い合った後、電車の時間もあったから、俺はマンションを出た。 終電ギリギリだったから間に合うか不安だったけど、走ったお陰で乗り込む事が出来た。 息が上がったけど、なんだか気持ちは清々しかった。 俺は、景の事を信じて待っていよう。 例え、景が詩音くんを選んだとしても、俺は何度でも景の元へ行って、景を取り返すんだ。 また明日、その次の日だって、景のマンションに押し掛けるんだ。 景が好き。景が大好き。 それは、この先も絶対変わらないから、ちゃんと伝えるんだ。

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