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第364話 side景

顎を持ち上げれば唇に触れてしまいそうになる距離で、詩音の顔を間近で見ていた。 詩音は眉根を寄せて悔しそうな顔をして、そのまま動きを止めてしまったから、僕は挑発するかのように詩音に強い眼差しを向けた。 「しないの?」 「……」 「すれば?逃げないよ、僕は」 「藤澤さん」 「するつもりなんてないくせに」 「なっ、なんでそんな」 「分かってるんでしょう自分で。僕は、君を選ばないって」 「え!」 詩音は即座に体を起こして立ち尽くす。 それを見て、僕はニコリと微笑んだ。 「全く。慣れない事しちゃって、詩音らしくないんだよ」 「おっ、俺らしいって、何ですか……っ」 「ごめん。はっきり言っておくよ。例え、詩音と先に出会ってたとしても、僕は修介を選んでた」 手の平を見ながら、修介の事を思い出した。初めて彼の頭を撫でた日。 キスをした日。 初めてセックスをしたあの日。ずっとずっと、忘れていない。 僕の今はもう、全部が修介で出来ている。 「詩音の事、大好きだよ。でも、彼と付き合う時に決めたんだ。彼の事、ちゃんと愛して守っていくって。たしかに詩音の方が、頭も良くて要領も良いし、聞き分け良いし良い子だし、詩音といると本当に楽しいけど、友達以上には見えないんだ。ごめん」 「分かってます。分かってますよぉ、そんな事~……」 ギョッとした。 詩音はじわじわと涙目になってきて、あっという間に大粒の涙を溢していた。 「ちょっと、泣かないでよ!ごめん、はっきり言い過ぎたね?とりあえず座って」 僕はソファーを何度かポンポンと叩いた。 泣きじゃくる詩音を見て、罪悪感を感じ胸が痛んだけれど、でも少しだけ安心した。 どこから見ても完璧に見える詩音だって、やっぱりこんな一面もあるんだ。 詩音は手で涙を拭いながらも、僕の隣にゆっくりと腰掛けてくれた。

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