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第366話 side景

「藤澤さん。すみません。色々とご迷惑おかけしました」 詩音は先ほどの子供のような泣き顔が嘘のように、スッキリとした顔になって、テキパキと身支度を整えていた。 「ううん。こんな時間までありがとうね。タクシー呼んだ?」 「これから呼びます。あ、そうだ」 詩音はテーブルの上のスマホを取って、僕に手渡した。 「勝手に出ちゃってすみませんでした。きっと修介さん、今頃心配してると思います。あとで電話してあげて下さい。俺、やけになって修介さんに結構色々言っちゃって。本当にすみません」 「……今度修介の事虐めたら、許さないからね?」 「ごっ、ごめんなさい!もうしません!」 「あはは。冗談だよ。ありがとう詩音。すっかり遅くなっちゃったよね。気をつけて帰るんだよ」 「はい。藤澤さんも、ゆっくり休んで下さい。じゃあ、また今度」 詩音は頭を下げてから部屋を出て、玄関の方へ歩いて行く。 玄関先で見送って、踵を返し再びリビングに戻った。 リビングの隅にあるチェストの引き出しを開けて、中から四角い箱を手に取り、ライターを取り出す。 後ろに掘られた僕の名前を指でなぞってから、そのままポケットの中に突っ込んだ。 詩音から貰ったのは、この部屋に置いておく事にしよう。 これから肌身離さず持ち歩くのは、このライターだ。 ベランダに移動して、修介の番号に電話を掛けてみた。 寝ずに僕からの連絡を待っててくれていたのかは分からないけど、修介はすぐに電話に出てくれた。 『もしもしっ!』 そのいつもと変わらぬ出方に安心したのも束の間、フッと全身の力が抜けた。 焦って飛びついて電話に出る癖も、そろそろ直してほしいよ。 おかげで笑っちゃうじゃない。 でも、久々に君の声が聞けて嬉しいよ。 「あ、ごめんね、こんな時間に。今、大丈夫?」 『だ、大丈夫や!景、体調とか大丈夫なん?最近寝れてないって聞いたけど......』 「うん。大丈夫だよ、もう」 もう、全部、大丈夫。 それと、色々とごめんね、本当に。 気持ちを伝えようと思ったら、修介の方から先に言われてしまった。 『景。俺、これからも景のそばにおりたい。こんな俺やけど、俺なりに景の事ちゃんと支えていきたい!景の隣におれるんは俺だけやって、景にも周りにも認めてもらえるように、努力する』 修介はきっと今、涙が出るのを堪えているはずだ。 声が震えているから。 「修介」 『いつもいつも、ごめんね!本当は、今すぐ景の隣に行きたい!会ってちゃんと謝りたいんや!こんな俺で、ホンマにごめんねっ......』 僕が名前を呼ぶと、修介はさっきよりも一段と掠れた声を出して、最後は涙声になった。 けれど修介は堪えながらも、一生懸命に僕に気持ちを伝えてくれた。 「修介」 『……っ……ごめんねぇ……っ』 修介はそう言ってから、うわぁー、と声を上げて本格的に泣き出してしまった。 全く、本当に。幼稚園児みたいな泣き方して。 でもそんな修介の泣き方に、実は僕も涙がじんわり滲んでいたりして。

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