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第410話

俺はすぐさましっとりしている唇を服の袖でゴシゴシと荒く拭く。 それと同時に、リビングのドアが開かれた。 「あぁ、こんにちは。いらっしゃーい」 景のお父さんだった。 どこか物腰が柔らかそうな、穏やかな話し方。 眼鏡を掛けていて、景みたいに背が高い。ペコペコと頭を下げて笑っていた。 「お、お邪魔してます」 座ったまま頭を下げる。 さっきの不意打ちのキスで、顔が赤くなっていませんように。 平然を装いながら精一杯笑ってふと景の方を向くと、何事もなかった様な涼しい顔をしてお茶を飲んでいたから、イラっとしてこっそり腰の辺りをグーで殴る。 お母様はキッチンに入って、お父様は俺たちの向かいに腰を下ろした。 「なぁーんだ。父さん変に緊張して、コンビニまで行っちゃったよぉ。来れなくなったならちゃんと言っておいてくれないと」 お母様から事情を聞いたらしいお父様は、安堵の表情を見せた。 景に向かって話しかけているらしいけど、景は「うん」と頷いて微笑んだだけだった。 あぁ、勘違いしているよね絶対。 俺がその来れなくなったと思われている恋人なんですけど。 「初めまして。北村修介です」 取り敢えず名乗ってぺこりとお辞儀をした。 「あぁ初めまして。今日は景と遊んでいたの?」 「あ、はい」 お父様はさっきのお母様のように、俺に当たり障りの無い質問をしていき、それに俺は答えていく。 ちょっと意外だ。 お父様、どんな怖い人かと想像してたけど、お母様同様天使のように優しそうで和やかな人だ。 そうか、この優しい二人からこの優しい変態が生まれたのか…… 俺との会話が途切れたところで、お父様は今度は景の方に視線を向けた。 「景、久しぶりだねぇ」 「うん」 「この間、一人で景の映画観に行って恥ずかしかったよ。周りみんな若い女の子ばっかりで、こんなおじさん一人もいないんだから。景の役見て思ったけど、あんな高校生、普通いないよねぇ!なんであんな不良なのに大人しく授業受けちゃってるんだろうね。ちょっとリアリティーが無いよね!」 「そうだね」 「でもあの女の子は可愛かったねぇー。倉田さんって言ったっけ?」 「うん」 「演技はまだこれからって感じだったねぇ。でも父さん、あの子はダイヤの原石だと思うよ!磨いていけば将来必ずトップスターになれるんじゃないかって僕は思うんだ!」 「そうだね」 お父様は熱く語るのに、景はさほど興味が無さそうに相槌を打っていく。 あぁ、藤澤家の中身って実はこうなのか。

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