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第442話
「ちょっと、お話があるんですが」
「うん、何?」
向かいに座るオカンは、前のめって興味津々と言った様子で景に尋ねる。
父は相変わらず、無言でお猪口に口を付けている。
「実は、修介と一緒に住もうかと考えていて」
「え?修介と?」
「僕は今、都内で一人暮らしをしています。修介も東京で就職する予定ですし、どうせなら一緒に住んでみようかと話をしまして。いつからどこに住むかなどはまだ決まって無いんですが、お金の事なども含めて徐々に決めていきたいとは考えています」
「えぇーーっ!あ、あんた、こんな凄い人と一緒に住むなんて出来るんっ?」
オカンは慌てて俺の方を向くけど、反応が予想通り過ぎてちょっと笑ってしまう。
「んー、まぁ、何とかなるやろ」
「なんやねんその曖昧な返事は〜。えっとー、景ちゃん?貴方、彼女とかはおらんの?」
ドキン、と心臓が鳴る。
けれど景はその質問も想定内だったのか、極冷静ににこりとした。
「ええ。修介もずっといないようですし、だったら二人で住んでみるのも面白いかなって。あ、もしどちらかに恋人が出来たとしても、家には連れ込ませない約束にしてあります」
「はぁー。なんか若いなぁ。まぁ、修介、とりあえず就職決めんとね。まずはそれからやろ」
「う、うん。分かった。じゃあ決まったら、一緒に住んでもええ?」
「景ちゃんに絶対に迷惑掛けんって約束出来るんやったらええで」
おっ、決断が早い。
さすがオカン。
俺は何度も頷いて、頑張る、と拳をギュッと握りしめた。
景もオカンも笑みを零すと、不機嫌な声によってこの穏やかな空気が壊された。
「ダメだ」
ふと、父を見る。
父は目を閉じたまま、眉間にシワを寄せていた。
何が起こったのか分からずにいたら、もう一度父の硬い声が降ってきた。
「芸能人と一緒に暮らすだなんて、一体何を考えているんだ?」
俺に向かって放たれた言葉なのに、父は景の方を向いていた。
ムッとしていると、景は真剣な表情でもう一度ゆっくりと話し始める。
「僕は特殊な仕事をしていると思います。マスコミの格好の餌食になったり、事実と全く異なる事を面白おかしく記事にされて笑われたりもします。ですが修介にはきちんと配慮して行くつもりです。事務所にも、プライベートを侵害されるような事は決してないようにお願いをして、できる限りの事はします」
景の眼差しに居心地が悪くなったのか、父はまた視線を床に落として言う。
「それだけじゃない。金の事だってそうだ。修介の分も君が払うんだろう」
景が何か言う前に、俺が口を挟んだ。
「いや、それはちゃんと公平に折半にしようって決めたし!俺やって景のお金に頼って生活するつもりなんて無いで。ちゃんと自立して」
「ダメだ」
ばっさりと切り捨て、父は席を立ってしまった。
俺は呆然と父の背中を見る。
な、何それ?
食事中あんなに景が気を遣って話しかけても無言だったくせに、何かが気に入らないって理由で勝手に意見して、勝手に話を終わらせて。
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