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第96話

目の前に、愛おしい背中が見えた。 『雅実!』 大きな声で彼の名前を呼んだ。 『て、寺島!!』 『俺、雅実に話しが』 驚き顔で振り向いた彼に、話しかけようとしたら、 『く、来るな!!』 彼は体をガタガタと震わせていた。 『まさ、み?』 『な、何であんなことしたんだ……』 『あんな、こと?』 『な、何で、……き、キス何かしたんだ!?』 彼が発した声は震えていた。 『そ、それは……』 見たことのない彼の姿に、思わず後退(あとずさ)る。 『俺、寺島のこと親友だと思ってたのに……』 鳶色の瞳が俺を捕らえる。 『俺たち男同士だろ?おかしいだろ!?』 その瞳がジリジリと俺に近づく。 『み、見るなっ!!』 "バッ"と彼に背を向ける。 が、目の前に彼がいた。 鳶色の瞳の彼が。 『俺を、見るなっ!!』 無我夢中で腕を振り回しながら走った。 『見るなっ!見るなっ!見るなっ!』 けど、どんなに逃げても、あの鳶色の瞳が俺を射抜いてくる。 『ハァ…ハァ…。み、見るな……ハァ…見るな……』 疲れた俺は、跪いて懇願する。 『……ご、ごめん、雅実。お願いだから、見ないでくれ……』 「……………見ないで、く、れ…」 目を開けると仄暗い世界。 ゆっくりとこぼれた涙が、枕に吸い込まれていった。

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