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チラリと?!夏祭り 第5話
俺達が乗り込んだ電車の中は、すでに朝の通勤並みの混雑だった。
ドア付近にいるため、押し込まれる人の波で身動きが取れない。
背の高い俺や雅実はまだいいが、雅人や小森さんはかなり苦しいだろう。
が、そんな中でも、雅人は小森さんをかばうように向かい合う形で体をキープしている。
対して俺は、雅実の後ろにピッタリくっついているだけ。
こんなガタイがいいのに、今はただのでくの坊。
先ほどの一件といい、ホント、俺は雅実の恋人としてどうなんだ?
アリサのひと言に俺達の空気は一瞬固まった。
そして、その一瞬、雅実の顔に影が見えた。
すぐに雅人が話しを振ったので、そのまま何事もないように流れたが…。
何も言えなかった自分に嫌気がさした。
遠まわしに雅実を傷つけたのに、雅実はニコニコ笑っていた。
俺は、家族にカムアウトしていない。
だから、アリサは俺がゲイだということは知らない。
だから、アリサに悪意はない。
だから、雅実も笑っていたのだ。
俺達の間には友情以上のものがないように、誤魔化して笑ってくれたのだ。
きっと、あの笑顔の裏で、雅実は静かに泣いていたんだ。
俺は、もう雅実を泣かせないと言ったのに…。
「寺島」
急に雅実の声が頭に響く。
「え、あ?」
少し目線を下げると、少し首を後ろに捻り、俺の方を見ている雅実と目線が合う。
「寺島、大丈夫か?」
心配そうに俺を見る雅実。
あの時以来の近さに、一瞬戸惑う。
「あ、ああ、大丈夫。雅実は大丈夫?」
「まぁ、なんとか」
ひとつ苦笑した雅実は、捻っていた首を元に戻し"ふぅ"と息をつく。
――ドクッ――
久しぶりに雅実に会えたのもあるのだろう、雅実のため息に心臓が波打つ。
オイ、さっきまでの反省はどうした俺?!
ただのため息になに興奮してんだ!!
そう思いつつも、思考も躰も雅実に集中する。
待ち合わせ場所で浴衣姿の雅実を見たとき、外国人のような容姿であるにもかかわらず、どこぞの歌舞伎役者のようだと思った。
白地の浴衣が雅実の褐色の肌を際立たせ、いつもはナチュラルな髪も、今日は後ろに流していて美しい顔を全面に出している。
雅実が俺の方を振り向いたときは、まさに見返り美人図を具現化したようだった。
ふと、甘い匂いが鼻をくすぐる。
整髪料の匂いだろうか。
いつもと違う雅実の匂いが、冷気に乗って俺の顔に触れ、非日常な気分にさせる。
目線を少しずらして雅実の首元を見る。
女性と違い、男の浴衣は襟を抜かないため、項は完全に隠れている。
前の合わも綺麗に合わさり、着崩れることなくしっかりと雅実を包む浴衣。
その禁欲的な感じが、また俺を興奮させる。
落ち着け俺……。
落ち着け俺の下半身……。
荒くなりそうな呼吸を、危うい理性で静かな深呼吸に変える。
このままでは雅実にイケナイことをしそうなので、目線ゆっくり外そうとしたとき、"ガタン"と車両が揺れた。
その拍子に、雅実の体が少し左にずれた。
ヤバい……。
雅実の腰骨の辺りが、ちょうど俺の足の間入り込んだ。
「ごめん寺島」
雅実は、揺れによってぶつかったことを謝ったのだろう。
が、今の俺にはよく分からない。
電車の揺れが雅実を雅実を伝い、時折俺のモノを撫でる。
体勢が変わったことにより、見える雅実の角度も変わり、俺の理性も変わっていく。
この位置、この位置なら、雅実の浴衣の合わせに右手を滑り込ませれる……。
滑り込ませた右手で、前回は触ることがなかった雅実の胸を堪能して……。
そのままその右手を顎にもっていき、こっちを向かせて……。
朦朧としだした思考と同じように目線を動かすと、雅実の耳から顎にかけて一筋の汗が流れた。
――ゴクッ――
無意識に唾を飲み込んでいた。
……舐めたい。
……あの汗を舐めたい。
雅実の頬に舌を這わせ、そのまま雅実の耳を味わいたい。
電車の揺れに合わせ、ゆらりゆらりと雅実の耳に口を寄せ……
――ゾクッ――
背筋に悪寒が走る。
な、何なんだ、この急な寒気 は?!
我に返った俺は、恐る恐る辺りを見る。
すると……
――ゾクッ――
ビー玉のように丸い双眼と目が合う。
その双眼の持ち主が、右の口角をじわりと上げる。
そして、ゆっくり口を動かした。
――見・テ・ル・ヨ――
可愛い顔をした悪魔が嬉しそうに笑っている。
「ももチャン、どうかした?」
「ううん。熱いなぁーと思って」
「確かに、少し暑いなぁ。やっぱ混んでるから冷房の効きが悪いのかなぁ?」
雅人に分からないように、チラリと俺を見た小森さん。
その笑顔に、俺の熱は瞬く間に冷めていった。
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