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戸惑い
七都芽はキッチンに立ってハンバーグを作っていた。
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『ね、竜二の好きな食べ物ってなに?』
『お、俺か?
カレーとかハンバーグ……あとオムライス』
『ぶっ。 子供みたい……』
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ふとそんな会話を思い出して七都芽はフッと笑った。
竜二の好きなもの。
あれから竜二とはちゃんと話しをしていない。
帰りも別々……
ご機嫌をとるわけじゃないけど、
きっとハンバーグだってわかったら
何事もなかったように
喜んでくれるようなそんな気がしたから。
(彼はよく食べるから、特大にしてあげよう)
ふと竜二の笑い声がリビングから聞こえてきた。
スマホで誰かと話をしているらしい。
『マジ? こっち向かってんの? え?
ははは。わかった行く行く。
あぁ……またあとで』
そう言うと電話を切る。
「ナツ、わりぃ。今日メシいらね」
「え……」
「大学の同期で海外勤務になった奴が
一時帰国してるらしい。
ソイツらと今から出かける」
「そ、そう。わかった。行ってらっしゃい」
「おぅ」
竜二は着替えるのか部屋へ戻って行った。
(ハンバーグ……冷凍しとけばいいか)
七都芽はフゥー……と溜息をついた。
ドゥルルルル ――
少しして急に階下が騒がしくなり
バイクや車のエンジン音やクラクション。
真守が窓から下を覗きこむと
暴走族らしき人達が玄関の前にたむろっていた。
「な、なに? あれ……」
「ナツ。戸締りしとけよ」
ふいに竜二に声をかけられ
振り返ると真守は目を見開く。
そこには竜の刺繍の入った
黒の特攻服を着た竜二が立っていた。
「あ、りゅう……」
竜二は一瞬こっちを向いたが
すぐに玄関を出て行った。
急いで真守はリビングの窓から再び階下を覗く。
竜二は仲間と話しながら、バイクに跨った。
その後ろに綺麗な細身の髪の長い女の人が乗り、
竜二の腰にギュッとしがみ付きそして
風と共に消えていく。
(なんだろ。この胸の痛みは……)
竜二にしがみ付いてた女の人。
―― 竜二の、彼女かな?
(そう言えば俺、彼のこと何にも知らないや)
今まで住んでいたところや仕事……
そしてどんな友達がいて、
どんな生活を送っていたか。
何も……知らない。
ふと、再び特攻服を着た仲間と楽しそうに
バイクを転がして行った竜二を思い出した。
(俺の知らない竜二……)
七都芽は出来立てのハンバーグを目の前にし
溜息をつく。
「いただきます」
ひと口、口に入れてみた。
父さんもお母さんもそして叔父さんまでが
死んじゃってからは
いつもこうして1人で食卓を囲んでいた。
もう慣れているはずなのに、
こんなに空虚な気持ちになるのは何故だろう。
竜二と暮らし始めてまだ間もないというのに……
もう寂しさに耐えられない体になってしまった
というのか?
「早く帰ってこい……バカ」
甘いはずのデミグラスソースが
その日はなんだかほろ苦く感じた。
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