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Open your mind

 手嶌さんに   ”何処へも行く宛てがねぇならここにいろ”  と言われ。  一緒に生活するようになって1週間経った。       『―― キス以外はしねぇから』って言葉は  今のところ忠実に守られてるが ―― 『ナツぅーっ。おっはー!!』  って、朝の起き抜けにおめざの濃厚キッス。  こいつ……朝からテンションめっちゃ高 ――っ。    今まで食事は全部ケータリングしてたらしいが、  俺の数少ない趣味が”料理”だと知ると  早速”俺もナツの手料理食いたぁ~い!”って  駄々をこね始め。  ま、暇つぶしにもなるし炊事くらいはいいか、  と、オッケーした。    でも、こいつ、朝目覚めた瞬間から俺に  まとわりついて離れねぇし。    食事してる最中はもちろん、風呂も一緒だし。  しまいには、  既にアメリカの大学の政経で博士課程を修了  してる癖に、  ”ナツも一緒ならも1回がっこ行く!”  なんて、駄々捏ねまくりだし……    っておい、会社はどーすんだよ? 会社はっ!  はぁ~~っ……  子供(ガキ)より世話が焼ける。    今日は5月**日(月)    1週間は始まったばかり。    学校は創立記念日で休みだが、  普通の勤め人は会社がある。  でも手嶌さんは朝飯が済んだら、  早々に俺をソファーへ引っ張って行き  どっかり腰を下ろしてしまった。    それから俺達は別に何をするでもなく、  ただLDKのソファーに座ってまどろんでいる  だけ……     「ね、会社は?」 「休み」 「サボりの間違いじゃない?」  ギロッと睨まれ目を逸らす。    と、その時、玄関でドアチャイムが鳴った。     「手嶌さん」 「……」  あれ? 聞こえなかった?  もう1回呼んでみる ――     「手嶌さん?」 「……」  故意に無視(シカト)されてる、みたい。    でも、俺、シカトされるような事やったか?    自問して、ハッとした ――    『―― 俺の事は竜二って呼び捨てでいい』    ちょっと待て。もしかして……    たったそれだけの事で拗ねてるのか?     こいつは子供かよ。    半ば呆れ、そんなとこも可愛いとか思いつつ  今度はお望み通りの呼び捨てで声をかけた。     「りゅーじ」 「なんだ」  アハっ ―― ウケる……     「玄関に誰か来たみたい」       と、言ってる傍からまた ――    ピンポ~ン     「放っておけ」 「いいの? 会社の人かも」 「俺1人いなくたって会社は動く」 「そりゃそうかも知れないけど……」  ピンポ~ン ピンポ~ン ピンポ~ン    来訪者が立ち去る気配は全くない。     「ねぇ、俺が出て来ようか?」 「……チッ」  今にも相手を殺しそうな形相で渋々身体を離す。    それなのに、立ち上がったところで玄関の扉が  開いた音がした。   ***** ***** *****       続いて『起きなさいバカ息子!』という声と共に  LDKの内扉がバーン! と開いた。 「んだよ、ババアか」 「何処の誰がババアよ?! この道楽息子っ!  登紀子姐さんをババア呼ばわりするなんて  100万年早いわ」  艶やかな和装の御婦人を先頭に数人の団体さんが  どやどやと入ってきた。  (ってか、雪崩込んで来た?)    何故か、その婦人は真守を見て驚いたように  固まった。    団体さんの中には八木や利守、クラスメイトのあつし  といった知ってる顔もあったが、  ほとんど見知らぬ顔だ。    (え? なんで、皆んな一緒??)     「あら、やだ。私ったら……」  婦人は何を思ったのか、手に持った  エルメスのバーキンから化粧アイテムを取り出し  せっせとメイク直しを始めた。     「リュウも意地が悪くなったわねぇ。一緒にいるなら  そうと言ってくれれば、私だって遠慮したのにぃ」   「嘘つけ」 「―― で、この子がそうなの?」  って、俺をまじまじと凝視する。     「あぁ」      三十路近い息子の部屋に図々しくも上がり込み、  文字通りたたき起こしてくるのは、手嶌組の大姐で  竜二らの母親。  登紀子・55才。       ったく、いつもの調子でガァガァ騒ぎ立てる  もんだから、七都芽は完璧に萎縮しちまってる。  今までかなりいいムードだったのにっ!     「組の若い衆が言ってる通り、あんたには勿体ない  くらいの可愛い子じゃない! それに、あんたが  自分の部屋にあげるった事は今度こそ本気なのよね?  期待していいのよね?」 「本当にうっせぇ! 少し黙れ」 「あーもう感動! 嬉しい! 最高!」  (何がどうなってるのか、さっぱり分からない……   竜二の遊び相手って事はなさそうだけど) 「だーっ!! 2階で着替えてくっから、ここで  待ってろよ。覗きに来るんじゃねぇぞ」      と、俺を姫様抱っこしながら立ち上がった。     「ハイハイ、大人しくしてるわー。あ、そうそう、   今日は神楽くんとマコちゃんも呼んであるから、  さっさと降りてらっしゃいよ」   「それを早く言えよ」         ―― パタン    寝室に入ると、途端静けさが戻った。    「あ……えっと……竜二? あつしや国枝の小母さん  とはどうゆう関係なの?」   「おふくろと弟だ」 「あぁそう……って、えぇっっ?! うそ……」 「似てねぇだろ? でも中身はそっくりだって、  良く言われる」 「ふふふ……」   「せっかくの休み、邪魔してごめんな」 「ううん。賑やかでいいじゃん」 「賑やか、ねぇ……」   「あ ―― 小母さんの言ってた  ”神楽くんとマコちゃん”って?」      竜二は手早く着替えながら話を続けた。     「俺が世話になってる煌竜会の総長と姐さんだ」   竜二はこの業界独特の流儀と掟を学ぶ為、  高1の時、系列の組織へ行儀見習に  出されたんだって。   この業界は昔から完全な縦割り社会で、  実の親子でも身分(役職)が上ならその命に  背く事は絶対出来ない、シビアな世界なんだそう。      (俺は急に怖くなった。   だって、竜二はいずれ母体組織のボスになる   ワケで……それに引き換え自分は……)     そんな不安な気持ちがつい、口に出た。     「……おれ、ここにいていいのかな」 「あ?」 「……」 「何、言ってんだよ」 「ごめん。変なこと言った。顔洗ってくる」  慌ててバスルームへ駆け込んだ。         たった1週間ほどで自分を取り巻く環境が急変し   ギリギリの状態のまま着いていっていたツケが  今頃になってまとめてきた。    目の前の鏡に映った自分はあまりに小さく・  無力で・情けなく……考えれば考えるほど、  竜二に相応しい人間は自分じゃないと、思える。    こんな事に今頃気が付くなんて……  ほんと俺ってバカだ。    洗面台に置いた握り拳がブルブル小刻みに震えだす。    じゅわぁぁぁ ―― っと、こみ上げてきた涙を  グッと堪えて冷たい水で顔をバシャバシャ洗って、  タオルで水気を拭い、活を入れるよう軽く頬を叩いて  もう1回、鏡の中の自分を見て ――    ……うん。もう、大丈夫。   バスルームから出た。

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