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憧れ

もう用事は無くなってしまったし……帰ろうと荷物を取る為に宗方の前を抜け教室へ入ろうとして腕を掴まれた。 「俺に用があったんじゃないの?ずっと見てたでしょ?」 あれ?何か……不機嫌。 そんなにジロジロ見てたのかな? 「いや……実…験が……」 言いかけた言葉を慌てて飲み込む。 こんな実験なんて話したら馬鹿にされて笑い者だ。 「実験?何の?」 「何でもないって……ごめん帰るから、離して」 宗方は不機嫌そうに俺の手から袋を取り上げた。 「実験ってこれ?何?俺に毒でも盛ろうとしてたの?俺、音羽に恨まれるような事した?」 「違うっ!!獣人になれる薬を作りたくて……」 「獣人?」 「…………」 思わず白状してしまった。 でも宗方を暗殺しようとしたなんて噂を立てられたら学校中の女子を敵に回してしまう。 「ここまで言ったんだし、全部話しちゃいなよ?何か困ってるなら聞くよ?」 相談に乗ってくれると宗方は優しく笑った。 毒を盛ろうとしたかもしれない相手にこの対応……器の違いを見せつけられてしまった。 宗方なら……馬鹿にせずに聞いてくれそうだと思えてしまった。 「昔の人みたいに獣人になりたくて……獣人になれる薬を作ってたんだ」 宗方の持つ団子を指差す。 「獣人?獣人は進化の過程で薄れていった力だろ?何で?」 そう……俺達の祖先はかつては狼に変身する能力を持つ獣人だった。 そして狼の能力は人の姿でも失われる事がなく今とは比べ物にならない身体能力を持っていたと言われている。 進化と言うより退化だと思っている。 「今度球技大会があるだろ……ドッジボール大嫌いで……獣人になれたら怖くないかと……」 「そ……そんな理由?くくっ……」 宗方は必死に笑いを堪えているが、肩が震えている。 「わっ……笑うなよ!!お前みたいに運動神経の良い奴には分かんないだろうけど、ドッジボールなんて体のいい苛めじゃん!!狙われ続ける恐怖を味わってみろ!!」 「えっと……そうなのかな?」 きょとんとした顔。 そうだろう……お前たちスポーツの神に愛されている人間には分からないだろう。 世の中には頭で分かっていても体が動かない人種がいるんだよ。 「怖くて逃げ回ってたら、皆テンション上がって球威があがるし、顔面セーフとか変なルールのせいで当てられ続けるし、勇気を出して取ろうとすると突き指するし……獣人になるしか無いじゃん……」 「そこでサボっちゃおうってならないところが音羽らしいよね……」 「努力ならしたんだ……雨乞いしたり、濡れた服のまま真冬に外で過ごしたけど……風邪もひかなかった……」 あとは……お腹を壊そうと賞味期限の切れたシュークリームを食べたけど……その日の夜、お腹を下しただけで次の日はけろっとしてたなぁ……。 苦い思い出がよみがえってきた。 「努力の方向が大分ずれてるね……相談してくれたら、俺がどんな球からも全力で守るのに……」 「何?」 後半は声が小さくてよく聞き取れなかった。 「いや……こっちの話……それで?何で実験台が俺?そんなに話した事無いよね?」 「宗方は運動神経も統率力もあるし頭も良いし……一番獣人に近いかと思って……」 仲良くも無いのに、勝手に実験台として目をつけられて……よくよく考えてみると、とても迷惑な話だったな。

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