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第2話
瞼を開くと暗闇から巻物に手を伸ばす白い手が見えた。
待ちに待ったその手に御影は喉を鳴らした。また先生との物語が始まるのだ。
今度はどうやって先生を脅かしてやろうか。
封印が解かれた瞬間、御影の体は解放されて、宙を舞った。琥珀色の艶やかな長髪が踊り、久しぶりの外の世界に軽く背を仰け反らした。そんな彼の頭には妖狐の証である狐の耳がぴんと立っている。
そして、封印を解いた人物の頰にそっと手を添えた。久しぶりに感じる人肌に御影の頰が緩んだ。
目の前に現れた化け狐に、先生は腰を抜かして驚くはずだ。
しかし、そこにいたのは腰を抜かした壮年の男ではなく、驚いた顔をした若い男が立っていた。
(……先生じゃない!)
御影は周りを見回した。
夢で見ていた整然とした書斎はなく、埃っぽい真っ暗な物置小屋の中だった。
窓も締め切られており、開けっ放しの扉の日光だけが唯一の光だった。
「どうやら……これは夢ではないようですね……」
久しぶりに言葉を発したせいか、声がわずかに掠れた。湿っぽい匂いも手のひらに感じる人肌の温かさも紛れもない現実のようだ。
御影は目の前の若い男に目をやった。
十代であろう少年は、端正な顔立ちで色素の薄いどこか儚げな印象だった。突然現れた妖狐を目にしても動揺せず、落ち着いた様子であった。御影は少し悪戯心を出して、彼に微笑みかけた。
「これはこれは可愛い主人ですね」
呪われた妖狐は、封印を解いた者を主人として仕える役目があった。
しかしこんなにも若い主人は初めてだ。
御影は無表情で固まっている少年をからかうように笑った。
「ふふ、驚いて声も出ませんか? 私の名は……」
「御影」
御影の言葉を遮るようにして、少年は初めて口を開いた。
己の名前を言い当てられ、黙って彼を見た。彼はこちらの姿を眺めた後、淡々と話始めた。
「君のことは知っている。自己紹介の必要はない。記録が正しければ、君が封印されてからちょうど八十五年になる。伊藤省三郎……君が『先生』と慕った男は身寄りがなく、彼の死後この屋敷は競売にかけられ、僕の先祖が買い取った。屋敷は取り壊され、中にあった家具や書籍はこの蔵に移動され放置されたまま忘れ去られていた。蔵を整理した僕が伊藤省三郎の日記を見つけ、君の存在を知った。そして、封印を解いた」
口を挟む暇もなく、彼は一方的に話し続ける姿を御影はぼんやりと眺めた。
こちらが言葉を失っている様子に、彼は気まずそうに目を伏せた。
「君がここにいる経緯。気になるかと思って」
「よく分かりました。ありがとうございます」
礼を言ってみても、彼は表情を変えることなく小さく頷いただけだ。
「他に聞きたいことある?」
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