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第3話
抑揚のない声と表情に御影は戸惑った。
こんなにも何を考えているかわからない人間は初めてだった。
この少年が特別なのか、八十五年という月日とともに人類は感情を失ったのか。前者であることを願いながら、御影は少年に問うた。
「あなたは何者ですか?」
「僕の名前は環 史己。高校二年生。そこの母屋に家族七人で住んでいる。三人兄弟の真ん中で、兄と妹がいる。誕生日は八月二一日。血液型はAB型。趣味は読書。特技は断捨離。得意科目は古文。友人は同じ文学部の後藤と吉川、それからクラスメイトの……」
「あの、もう大丈夫です」
「そう」
放っておけばいつまでも話し続けそうな少年……史己は、こちらが止めるとすぐに口を閉じた。そして別の質問をすることにした。
「なぜ私の封印を解いたんでしょうか」
「日記を読んで君に会いたくなった」
「日記?」
「伊藤省三郎の日記。ここで見つけた」
先生の名を口にした瞬間、あれだけベラベラと話していた彼の口が突然重くなった。それ以上は何も言わず、突然話題を変えてきた。
「今度は僕から君に質問しても?」
差し込む光に埃が反射する。そんな中で史己の瞳が一瞬鋭くなった。
「封印されてる気分はどうだった?」
「長い夢を見ているような、そんな感じです」
「また封印されたい?」
「まさか」
冗談なのか本気なのかわからない質問だが、言い回しに棘を感じながら、御影は曖昧に笑った。
木製の床が軋む音に顔を上げると、史己がこちらに近づいて顔に向かって手を伸ばしていた。
「な……なにを?」
「耳を触りたい」
驚いて一歩引いたが、史己はそれでもやめようとせずに手を伸ばす。
「だ、駄目です!」
とっさに大声を上げると、史己はぴたりと手を止めた。
「耳や尻尾という部分は非常に敏感な部分で、他人に触られると不快なのです」
そこまで言うと納得したのか、伸ばしていた手が胸の前で揺れる髪に触れられた。
「髪は?」
「髪なら大丈夫です」
初対面の者にべたべたと触られること自体、不快なはずだが、なぜだか御影は彼のペースに乗せられてしまっていた。
史己はその白い手で一束軽く掴むと、指を滑らせて弄んでいた。すると突然何を思ったのか、その手を握って髪を引っ張ったのだ。痛みに小さく眉を寄せる。
「……ッ、やめてください」
「ごめん」
無機質な謝罪とともに、彼は髪から手を離した。
そんな姿を見て、妖狐を物のように扱う人間もいたということを思い出した。先生との思い出と夢があまりに幸せだったので忘れかけていた。呪いを解く人間が必ずしも良い人間とは限らないのだ。
それを肯定するように少年は感情のない瞳をこちらに向けた。
「君はさ、何ができるの?」
「……え?」
「ここにいる必要がないなら、また封印するから」
足元から冷ややかな何かがせり上がってくるのを感じながら、御影は黙って新たな主人を見下ろした。
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