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第4話

【史 己 視 点 】  話は数ヶ月前に遡る。  環 史己は、早朝から黙々と蔵の中を整理しながら、物思いにふけっていた。  先日、曽祖母が亡くなった。  彼女は九十歳を超え、大往生を遂げたが、それでも共に住んでいた家族は悲しみに暮れた。そんな中、史己だけは泣かなかった。   親戚からは「あんなに可愛がられたのに泣かないなんて薄情だ」と責められた。悲しいに決まっている。泣いても現実が変わらないから泣かないだけで、もしも泣いたら曽祖母が生き返るなら、それこそ天地を揺さぶるほどの大声で泣いただろう。  しかし、周りは涙を悲しみの証拠だと言わんばかりに求めてくる。  曽祖母は最期、「化け狐が蔵にいるから、処分してくれ」と随分とこの蔵を気にしていた。  しかし、彼女が逝った後、その化け狐を探しに蔵を整理しているのは史己だけだ。  親戚や家族の者は呆けた老人の戯言だと相手にしなかったし、葬式で散々泣いていた妹だって友達との約束があると言ってすっぽかした。史己からすれば、曽祖母の言葉を顧みない彼らの方がよっぽど薄情に思える。 「昔、化け狐に取り憑かれた男が、気が触れた末に死んでのう。その化け狐は今もあの蔵に残されたままじゃ」  随分と物騒な話だと思ったが、曽祖母は大真面目な顔で史己に話した。  おそらく化け狐といっても、呪われた人形の類だろう。見つけ出してお祓いをすれば、天国の曽祖母も少しは安心するだろう。  彼は埃まみれになりながら蔵の中を探索した。  しかし、どれだけ探してもそれらしい物は見つからなかった。  どうすべきかと大きなため息をついて、歩こうとした時、積み重なった本の山に足がぶつかった。紐でまとめられていなかった本たちは、好き好きにページを開きながら床の上に散らばった。 (やってしまった)  余計な仕事を増やしてしまった自分を恨みながら、ひとつひとつ本を拾い上げていく。その中に、手書きで書かれた本があった。麻紐でまとめられた手作りの本だった。  思わず手を止めてしまったのは、その本が珍しかったからではなく、その中に描かれた絵が気になったからだ。  そこには、狐の耳の生えた人間が筆で描かれていた。 (化け狐……)  まさかこれが曽祖母の言っていた化け狐なのだろうか。  しかし、その絵は史己が想像していた妖怪とは異なっていた。筆で描かれたそれは、和装で長い髪を揺らし、妖艶に微笑んでいる。  妖怪というにはあまりにも美しかった。  女かと思ったが、体つきから男だろう。美男子に狐の耳が生えている。  これは妖怪じゃない。 「ケ……ケモ耳だ」  意外かもしれないが、彼は獣耳にめちゃくちゃ弱い。もともと動物が好きだったのもあるが、人間に動物の耳を生やしただけで、どうしてこんなに愛おしく感じてしまうのか彼自身不思議に思うぐらいだ。  最近ではドラ●もんに耳が生えただけでも、動悸がしてしまうようになってしまった。  史己は少し興奮気味にその本に目を走らせた。 「……御影?」  その絵に添えられていた名をぽつりと読んだ。  それが史己が初めて御影を知ったきっかけだった。

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