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第7話
【御 影 視 点 】
「ここにいる必要がないなら、また封印するから」
新しい主人は抑揚のない声でそう言った。まるで、虫けらに向かって言うみたいに冷たい目で。
蔵を出た御影たちは、そのまま母屋である屋敷に通された。そこには彼と彼の家族が住んでいた。妖狐である私の姿が見えるのは主人である史己だけだ。ちらりと彼の妹らしき女性が見えたが、普通に声をあげて笑っていたので、どうやら人類に感情は奪われていなかったようで安堵した。
彼の屋敷はどこか先生の屋敷と似ていた。廊下の板間と和室が並んだ大きな平屋。家族が多いが、部屋数も多く、史己は自分の部屋があるようだった。
机と本棚のある和室。天井まである本棚が二つも並んでいて、彼が読書家であることが窺えた。
「お腹空いた?」
史己は押入れから座布団を取り出しながら、そう聞いてきた。答えない御影に彼はさらに付け加えた。
「何か食べる? 冷蔵庫から何か取ってくるけど」
「いえ……。私は食べ物は食べません」
「そう」
花柄の座布団を御影の足元に置いてくれる。どうやらここに座れということらしい。そこに正座すると、彼は机の前の椅子に腰掛けた。
しかし何を話すわけでもなく、沈黙が流れるだけだった。
脅されてこき使われるのかと思っていただけに少し拍子抜けではある。
(存在意義は自分で見出せということでしょうか)
また封印されては困るので、御影は自分で『彼に仕える必要性』を示さねばならなかった。意を決して彼に声をかける。
「史己さん」
「史己でいい」
口を開いた途端、食い気味で修正される。素直に呼び捨てで彼の名を呼び直した。
「史己、私、芸が出来ます」
先生と一緒にいたころ、女中が趣味で一人で踊っていた日本舞踊を見よう見まね踊った。先生には好評だったけれど、先生以外の前で踊るのは初めてだった。
鼻歌を歌いながら、懐から扇子を取り出すと、それを広げて舞った。初めは緊張したが、久しぶりに体を動かすとだんだん楽しくなってくる。
史己は無表情で御影を眺めていたが、踊り終わると拍手をしてくれた。
「どうですか?」
「すごいね」
渾身の踊りを一言で片付けられ、ぐっと言葉を詰まらせる。これでは楽しんでくれているのかどうかわからない。
「あの、楽しいですか?」
「楽しいよ」
(だったら、ちょっとは笑ってくださいよ~っ!)
御影は笑顔のまま、心の中で叫んだ。とりあえず彼は楽しいと言ったのだから、言葉通りに受け取っておく。これで、自分の存在意義を感じてくれたのなら一安心である。
「史己が望めばいつだって踊ってあげますよ」
「別にそんなことしなくていい」
無下に断られ、御影は衝撃を受けた。
(そんなことって……。やはり踊りは興味なかったんでしょうか)
「あと、家事も出来ます!」
こんなことでお役御免となるわけにはいかず、御影はすぐに彼の役に立ちそうな提案を口にした。
実は御影、家事は大の苦手である。一度、先生の部屋を片付けようとして、書類の山を倒し、足の踏み場もないほどの雪崩を起こしたことがある。以来、掃除は禁止されたという歴史があるほどだ。しかし、この際そうも言ってられない。
「史己の部屋だって、とっても綺麗にできますよ」
焦った御影はつい大げさに嘘を重ねてしまう。しかし、史己は首を縦には振らなかった。
「必要ない。家事は母が主体でやってくれるし、僕は自分の部屋のものは全て自分で把握しておきたい。だから、片付けなくていい」
彼の言う通り、この部屋は綺麗に整頓されている。
(うっ……。私の出る幕が全くない)
「お……お肩を揉みましょうか」
そんな子供みたいなことを言い出す始末。
即答で断られるかと思ったが、彼は黙って椅子から降りると、私に背を向けて座った。
意外に感じながら、その肩を揉む。細い肩に指を食い込ませるが、これといって手応えもない。
「やっぱり若いとあまり凝ってませんね」
耳元で囁くと史己はピクリと反応した。
「う……」
(あれ?)
「もういい。ありがとう」
史己は突然立ち上がると、足早に部屋から去った。後を追いかけようとしたが、便所にこもってしまった。
見間違いでなければ、彼の耳は赤くなっていたような……。
さすがの御影もそんな姿を見せられてしまっては、勘付かないわけにはいかない。
(も……もしかして、史己が私に求めてるコトって……)
指で顎を掴むと御影は小さく唸った。
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